日本ブログ

第9及び第10週: 3月25日 - 4月8日

記入完了: 3月 30日 & 31日. 4月 2日, 4日

3月30日

開幕こそ負けたがホークスは順調である。先発投手陣は本当によい仕事をする。おかげでリリーフ陣の出番が多くないわけだ。
わたしとしては、開幕戦で打者一人と対戦しただけなので、はやいところ再登板したくてしょうがなかった。その機会は昨晩やってきた。

われわれは楽天イーグルス相手にリードを奪ったが、相手も徐々に反撃してきて、7−7で追いつかれた7回、わたしの出番となった。
2塁にランナーがいて、対する打者は左だった。イーグルスは右の代打を送り込んできたが、そいつをセカンドゴロにしとめてやった。

わたしも自分がかわいいので、利己主義といおうかその裏に点が入れば勝ち星がつくと心ひそかに願う。そうはならなかった。
8回、ふたたびマウンドに立つと、最初のバッターがライトウォール直撃のミサイルを放ってくれた。
わたしは運がよい。日本の他の球場であれば間違いなくホームランだが、うちのホームの外野壁は全高20フィートという代物なのだ。
結局この一打はわたしが許した最長最大のシングルヒットとなった。

読者のみなさまには、わたしがキャッチャーを信頼してサインを任せてきたという記述をたびたび目にしてらっしゃると思う。
今回の場合、わたしはピッチング・セレクションにぴんとくるものがなく、おかげでゲーム自体を落としそうになった。
わたしは内角攻めが好きだが、いつでもいいというわけではない。かれが打った第四打席の球は、2−2からのインサイドの速球だった。
コースは完璧ではなかったがひどくもなかった。いいバッターに対して何球も同じ球を投げることができないというだけである。

続く二人のバッターは、キャッチャーのサインに首を振って三振に仕留めた。盗塁を決められたあと、次のバッターは敬遠することになった。
その次の打者がずっと落ちるからである。そのまま続投かと思いきや、わたしは降ろされた。セットアッパーが投入され、最後のアウトをとった。

ライトフェンス直撃の長距離シングルを打たれはしたが、投球内容には満足だった。
ミスはあったがチームは無傷ですんだわけで、こういうのはよくあることだ。
あれがホームランになっていたらわたしは眠れなくなっていただろう。そう思うと実にありがたい。
右打者のインサイドに速球を放るだけが芸ではないのだ。とりわけ強打者を相手にしたとき、それでずいぶん痛い目にあってきたのである。

試合は9回裏のサヨナラホームランでわれわれの勝ちとなった。これで4勝1敗、連勝中である。

日本ではクールなしきたりが多いが、その多くはアメリカではうまくいかないと思われる。
そういうもののひとつに、勝ち試合のあとの「ファイトマネー」賞がある。
球団のほうから一勝につき4500ドルが提供され、勝利に貢献した選手たちが分け合うという仕組みである。
試合後に行われるミーティングで王監督のリードのもと分配がなされるのである。

今回の勝利でわたしは2万円を受け取った。約170ドルである。ちょっと驚く。先発投手が一番多くを分捕る機会に恵まれているといえる。前夜に完封をやってのけた先発投手は250000円(2100ドル)を得ていた。

なかなかお洒落なシステムとは思うが、アメリカでうまくいくとは思えない。
おそらく、自分の取り分が少ないのもらえないのと文句ばかりが先行し、試合よりもファイトマネーのほうが気になってしまうだろう。

わたしは日本式のやりかたをどんどん学んでいる。上のほうでわたしは、キャッチャーを制してゲームを作り、よい結果を出したと書いている。
キャッチャーの配球が悪かったというわけではない。
わたしはフィーリング型のピッチャーであって、スカウトの報告通りに投げるよりも、そのときの感触で投げるほうを好むというだけである。
このあたりが微妙なバランスなのだ。打者の弱点をきっちり知っておくことは当然なのだが、だからといって自分の長所を完全に放棄するということにはならないのである。

投手ミーティングの際にわたしの配球が話題になった。ミーティングは当然日本語で行われるが、わたしには常に通訳がついている。
日本語の単語と単語のあいだに自分の名前がはさまれば、なにか自分のことが語られることくらい承知の上である。
実際はこんなふうに聞こえるのだが。「ヤダ、ヤダ、ヤダ、CJ、ヤダ、ヤダ、ヤダ」。

通訳の話では、スギモトさんとしてはわたしにもっとキャッチャーを信頼してほしいとのこと。
タイムアウトがかかるたびにわたしが日本式のやりかたをどんどん学習しているというのは、これが理由なのだ。
最初わたしは、この意見に内心激しく反発する。キャッチャーの言うとおりに投球して危うくゲームを落としかけ、自分がリードすることで連続三振を記録したのである。
わたしとて完璧ではないが、この試合に関してはわたしの選択が正しかったのだ。

わたしにとっては幸いなのだが、通訳の一人はかつて数年東京ジャイアンツでプレイした元投手である。
かれのほうから、首脳陣サイドの意向や、そういう意見が出る理由を説明してもらう。
かれのアドバイスとしては、とにかく自分のやり方でピッチングを続けてアウトを取れ。たまに出る批判や無意味なコメントは気にするな、とのこと。

すなわちわたしは、なにか言いたくてもぐっとこらえて舌をかんでおくことを学んでいるわけだ。
わたしはピッチングの話は大好きだし、議論になってもかまわない。しかしここでは日本語で健全な議論が行われているのかわからないのである。
反論することがコーチに対する非礼ととられるかもしれないし、それはわたしも避けたい。というわけでその話題はスルーして、話を進めるのである。

わたしたちはいま、千葉ロッテ・マリーンズと対戦している。ボビー・ヴァレンタインのチームである。
今年最初のロードなのだ。日本の移動日はちょっと荒っぽい。午前10時のフライトで福岡から東京へ向かい、それから1時間15分ほどバスに乗ってスタジアムに着く。

わたしたちは今シーズン、打撃練習と内野練習のない日はないと言い渡されている。アメリカでは、しんどい移動日あるいはデーゲームの晩はまずもって打撃練習はない。日本は違うのだ。

わたしはほんとうに足を引きずっていたし、バック・ブキャナンもそうだったと思う。今日は投げたくないと思い、また投げずにすんだ。
バスと飛行機のなかで妙な姿勢で寝ていたため、首筋がひどく痛んでいたのだ。
今夜は心底マウンテン・デューが恋しい。この地では見つからないし、わたしはコーヒーは飲まないのである。
しょうがないのでドクター・ペッパーで我慢するしかなかった。ぜんぜん違う飲み物なのだが。

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3月31日

一晩ぐっすり寝て、昨日に疲れも完全に消えた。夜じゅう寝ていたわけではない。
デーゲームがあったが、わたしが必要とするエネルギー補給には十分だった。

今日はずいぶんと気分がよかったし、バック・ブキャナンも間違いなく気分がいいはずだ。かれは第1打席でグランドスラムを放った。今年最初のホームランだ。
ホークスは一気に5−0にリードを広げた。その後かれと話したとき、残りの打席では抜いた球(カーブ、スライダー等)を狙うほうががいいだろうかと尋ねられた。
わたしは答えた。きみはすでにホームラン4打点をあげているんだから、こんどはライトにシングル狙いでマルチ安打をやったらどうだろう? 
するとバックいわく、「ライト方向にシングル狙いなんてやったことがない」とのこと。

わたしが打撃コーチでなくて幸いだった。次の打席でバックはもう一本ホームランを打った。今度はレフト方向のツーランである。打った球は? スライダーだった。
これが4回のことで、かれはすでに2本塁打6打点である。これでリードを覆されたら大笑いだと言ってやった。
せっかくの大手柄の日なのにバックはファイトマネーが貰えなくなってしまう。
もちろんわたしも大笑いするわけにはいかない。まあ、ちょっとくらいは笑うかもしれないが。ともあれわれわれは試合に勝った。
わたしも1イニングを三者凡退で片付けてやった。明日のミーティングで話題にしてもらえるかどうか、甚だ疑問ではある。

本日、わたしのお気に入りのチームメイトが作動状態に入った。マサヒコ・モリフク、わたしは「モリフー」と呼んでいる。かれは今日初めて一軍に合流したのだ。
かれは一軍キャンプに参加したのち、シーズン開幕から二軍スタートとなったが、一軍の某投手が手のマメ関係のトラブルで外れるため急遽呼び出されたのである。

モリフーはなんともキャラが立っている。バックが「リトル・ユニット」とあだ名をつけたリリーフである。
「ビッグ・ユニット」ことランディー・ジョンソンと同じく左投手だが、比較できる点はそれで終了する。

モリフーは身長5フィート6インチ、体重は140ポンドである。年齢は二十歳、日本プロ野球では一年生だ。
今年のオフ・シーズンに社会人野球からホークスにドラフトされた。この社会人野球についてはいずれ日を改めて記述したい。

その投球法を見るかぎりかれが小柄だとは思えないだろう。低めに80マイル半ばの球を投げるが、かれが投げると90マイル以上の球に思える。
うまい言い方がみつからないが、モリフーは肝っ玉が太いのである。マウンド上では恐れというものを知らない。

うちの連中はモリフーのことをおおっぴらに「サル」(日本語でモンキーのこと)と呼んではばからない。
実際かれはワイルドな髪型をしているし、ちょっと目には霊長類で通るかもしれない。しかしかれはなんといっても性格が愉快なのだ。
まったくのトンマといおうか、常に悪ふざけしている。わたしたちは年齢差にもかかわらず良好な関係を構築してきたといえよう。

わたしたちはイニングの合間にブルペンで女子ゴルフの中継を見ていた。
するとかなりの巨体を有する女子ゴルファーが画面に登場した。わたしはチームメイトに、彼女とモリフーが喧嘩したらどっちが勝つだろうか訊いてみた。
かれは大笑いしていたが、冗談抜きでわたしは彼女のほうに賭けるだろう。どう見ても40ポンドは上のはずだ。

モリフーは今日一軍デビューを飾った。9回を三振三つで終え、わたしたちは8−2で勝利をおさめた。
リトル・ユニットは最初の登板でビッグ・ユニット並みの印象を残したのである。


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4月2日

マリーンズ相手の三連戦を勝利でしめくくった。これでホークスは6勝2敗と好スタートである。

ゲーム終了後、われわれは立川に向かう。西武ライオンズと対戦するため、4日間同地に滞在する予定なのだ。
千葉から立川へはバスで2時間かかった。ビジター側のクラブハウス(ロッカールーム)の使用法に日米両国の差異が顕著に表れている。

MLBでは、ビジター側クラブハウスはホーム側と同じ快適さを有する。各種施設は整っており、選手たちは最大限に利用するのである。
ロード・ゲームを終えたあと、だれもがクラブハウスでシャワーを浴び、食事をする。
チームのバスがスタジアムをあとにするのは、たいていの場合、試合終了後45分から60分たってからである。

日本では試合終了から通常10分で出発である。シャワーも食事もホテルに着いてから、あるいはバス移動であれば次の都市についてからとなる。
試合後すぐに全員がバスに乗りこむため、その後二時間有余はユニフォームを着たままなのだ。わたしは早いとこタチカワについてシャワーをあびたくてたまらなかった。

都合のよいことにチバでの試合は午後1時(13時)始まりであったから、われわれがタチカワに到着したのは6時半というまっとうな時刻となった。
月曜はオフなので、今晩はディナーをがっつき一杯あおっても問題ないだろう。

わたしは球場外の時間もほぼすべて他のアメリカ人選手&通訳と一緒に過ごしている。
とはいえわたしは本来チームメイト全員とつきあいたい人間なのである。ここ日本ではこれまでその機会がなかったのだ。
そこでバックとわたしは日曜の夜はダーツの時間とばかりにうちの左翼手ヒトシ・“タムー”・タムラを誘った。かれがダーツ好きと聞いていたからである。
ついでにモリフクも誘ったのだが、こちらはかれの球場外での行動パターンを観察したいというのが主な動機である。
ユニフォームを脱いでも日頃の半分も面白ければ、さぞや楽しい夜になるにちがいない。

試合後タムーは気分が優れないとのことで、ディナーとダーツを見送ることになった。モリフクはいまだ健在である。
手始めは地元の焼肉レストラン、ほんとうに家族経営という感じの店だ。食事はすばらしかった。タン、ロースに豚の足である。
わたしは遠慮させてもらったが、モリフクは飢えた犬がTボーンをかじるが如く豚の足に挑戦していた。

この店には他の選手たちも来ており、食事の後半は先発ショートのムネノリ・カワサキと合流した。それは素晴らしい会話を交わし、かつ大笑いできた。
カワサキはそれは元気にあふれる男で、弱冠25歳ながら全国的に大変な人気者だ。とりわけ婦女子の支持は絶大である。
かれは昨年三月のWBCで南カリフォルニアを訪れた時のことを大いに語った。憧れのヒーローはイチローで、その勇姿をTVで見てから左打ちに切り替えたとのこと。

食事のあと、ビリヤードとダーツの店に向かった。まずクリケットを数ゲームやったが、あるゲームでバックがモリフクより下のビリになった。
生涯消えることのない恥ずべき敗北であった。
わたしはバックに通告してやった。わかってるか、故国に帰ってから女房に告白しなきゃいかんのだぞ、おれはピンクのしましまのシャツを着た男にダーツで負けてしまった、と。

その後キャッチャーのひとりカツキ・ヤマザキが一座に加わった。ソフトバンクのスカウトの一人を連れていた。
かくして日米決戦の始まりである。敗者は西武戦の期間中、勝者の靴を磨くことになった。
アメリカではクラブハウスの係員が選手の靴を磨いてくれるが、日本では自分でやるのである。

われわれは第1ゲームを失った。わたしはチームを一身に背負ったため背中が痛くなった。
ダーツのオールスター級選手であるバックはいつもの半分も実力を出せなかったのだ。
われわれは挽回のチャンスが必要だった。そこでアメリカ人が負けたら靴磨きプラス荷物運び(これまた選手が自分で運ぶ)という条件で第2ゲームを申し込んだ。
ありがたいことに今度は勝てたので、これで一勝一敗のイーブンである。

さらに2ゲームを行われ、終わってみればわれわれは靴磨きから靴を磨いてもらう立場になった。
わたしは本来賭け事を好む人間ではない。小額の金銭を賭けて遊ぶのは気にならないが、大金はごめんだ。
むしろ罰ゲームのほうが面白い。負けて数ドル支払うのは簡単である。チーム全員のまえで他人の靴を磨いたり荷物を運ぶほうがずっときついのだ。

夜は飛び去るように更け、とあるマクドナルドの営業時間とともに終わった。その晩にかぎってマックフルーリー製造機が壊れていると聞いて残念だった。
そこでチーズバーガーとアップルパイにした。わたしはいささかなりとも自制心を示せたことを誇りに思う。
ごくあっさりと2クォーター・パウンダーにフライドポテトとコークという流れになっても不思議ではなかったからだ。

今日はもう寝る。連日のデー・ゲームを終え、ごろりと横になれて幸せである。そして気づけば朝の10時になっていた。

今日は合衆国の開幕日だ。メッツとカージナルスの試合があり、さいわいここのTVでも観ることができた。最後まで見届けてから買い物に向かう。

わたしは極力荷物を少なくして来日した。衣服に関して常に見識を有する妻が、わたしの服が少なすぎると警告していた。
わたしはその警告を無視していたのである。
おそらく彼女に手本を示したかったのだ。
来日に際して自分と子供用に九つものスーツケースを持ち込もうと企み、なお別便で靴その他を入れたボックス数個を送る彼女に、そういうものは必要ではないのだと、身をもって証明したかったのである。

わたしは間違っていた。さらに事態を悪化させた要因として、日本にはわたしに合うサイズの服を見つけるのがむずかしい。
今日は服を買わねば、と決意した。とはいえ、自分が服を買うのが大嫌いだったこともすぐさま思い出した。
わたしの服は妻に買ってもらっていた。彼女はそれを楽しんでいた。わたしは楽しくなかった。

バックとモンナとわたしはタチカワの街を買い物目的でぶらついた。まず数店、どこぞのデザイナー・ブランドの店に入った。
バックが奥さん用になにか買おうというのだ。ルイ・ヴィトン、グッチ、カルティエなどなど、あらゆる有名ブランドがタチカワに出現していた。

わたしがルイ・ヴィトンで自分のためになにか買ったというニュースを知れば、妻がさぞかし幸せになったであろう。
この種の店から送られてくるクレジット・カードの請求書は、しばしばわたしをショック状態に追いやってきた。
今後彼女はその数字を正当なものとして主張できるわけだ。
とまあ冗談はともかく、妻が理性の範囲内でときどきブランド物を買ってもわたしはぜんぜん気にならない。
彼女はわたしと結婚することでそれ以上のものをもたらしてくれているからだ。

とはいえわたしはルイ・ヴィトンにはぴんとこなかった。あえて言うが、うちのチームの4人に3人はルイ・ヴィトンのセカンドバッグを所持している。
ホークスにはいわゆるイケメンがやまほどいる。
ここは一番、ヴィトンのゴルフバッグでも買ってコース上でイケメンどもの羨望のまなざしを集めてやろうかとも思ったが、値段が10000ドルと知ってしまえば話はそこで終わったのであった。

なんとか某デパートの服飾売り場で「ビッグサイズ」コーナーを見つけることができた。結局4Lサイズのシャツを一枚購入した。
普通わたしはXLを着るのだ。この地がアメリカ人にとっていかにサイズ的アンバランスであるかがわかるだろう。
従業員の女性たちはみな日本人という以外はアメリカと一緒である。わたしがシャツを試していると一人が「ステキデス」と声をかけてくる。
もう一人が「モデルみたいです」と付け加えるが、それにバック・ブキャナンが「く○ったれ」の類の言葉を発するという具合である。
彼女たちはみな自分の職務を心得ているにすぎないのだが、わたしはもっとお世辞をシャワーの如く浴びせかけてとゴーサインを出すのであった。
彼女たちの任務は達成された。わたしは入店時よりも手持ちの円を減らして外に出た。

続いてわたしたちが入った店は、外側から眺める分にはよさそうな場所だった。
入ってちょっと歩いてみると、この女性用衣装店は売春宿経営者が従業員の制服を揃えるのにぴったりの場所であることがわかった。
この店で働いている人たちにチップをあげたい気分になった。それくらい衣服の量が足りなかったのだ。
こんな場所に長居してはいけないとわかっていたので、ほんの一時間ばかり見学したのち、われわれは大通りのほうにむかったのであった。

少しおなかが減ったので、なにかつまむものを探した。われわれはオクトパス・ボールを供するフードスタンドのまえに立ち止まった。
あいや待たれよ、われに釈明の機会を与えるべし。このフライド・スナックは球状であり、中央部分にタコを内包している。
客の目の前で作ってくれるのだ。これが見ていておもしろい。8個で4ドルである。
アメリカでいえばホットドッグやプレッツエルに相当するストリードフードと思いたまえ。
わたしはぶらぶら歩きつつこれを食した。悪くなかった。もう一度食べてもいい。それはチーズケーキ・ファクトリーにあるフライドマカロニチーズによく似ている。これにタコが加わるだけだ。

オフ日は楽しかったが、まだ終わってはいない。自室にもどってくつろぐことにする。その後夕食はまたみんなでくりだす予定である。


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4月4日

日本での物事の仕組みを完全に理解できる日が今シーズン中に訪れるだろうか? 来日してからはや二ヶ月が経過し、おそらくあと7ヶ月はここにいるはずだ。しかしわたしには無理のように思えるのだ。

先日わたしはセイブ相手に投げた。ゲーム後半、3−2でリードされて走者一塁というところで出番が来たのだ。日本ではピッチャー交代の際は投手コーチがマウンドにやってきて、話をしながらウォームアップを見守るというのが慣わしである。ちょっと普通ではないが、たいしたことでもない。

わたしの相手となる左打者ジェフ・リーファーに対してどう投球しようか、キャッチャーとコーチに相談した。初球はカーブから入るということで全員が意見の一致を見たのである。というわけで初球にカーブを投げた。落ち方はよかったがプレートの上を通過してしまい、リーファーに痛打された。ボールは右中間を破るツーベースとなった。一塁走者は三塁に達し、わたしはゲームから降ろされてしまった。

わたしのあとを引き継いだセットアッパーのヤナセが続く二人の打者を退け、一点も与えなかった。実によい仕事をしてくれたのである。

降板させられたとき、わたしがどれほどフラストレーションを覚えたか想像がつくだろうか。そもそも一球だけというのがむかつく。わたしにとって、左打者に芯でとらえられたというのも少々血圧があがる経験だった。以上の2点に加え、アウトひとつすら記録できなかったとなれば、わたしの気分が少なからずとげとげしくなっていたのもご理解いただけると思う。ダグアウトに戻って30秒もたたないうちに、コーチの一人(監督でも投手コーチでもない)から「あそこはカットボールだったんじゃないの?」と言われた。わたしは建設的批判なら喜んで耳を傾けるが、任務に失敗して一分以内となれば話は別である。「初球からいけるか!」とすぐさま言い返してしまったのであった。

一軍レベルともなれば、ボールが痛打される理由は9割方ピッチャーの失投すなわち球の置き場所のミスである。この次スポーツニュースをご覧になるときは、キャッチャーのミットの動きに注目するといい。打たれる場合、キャッチャーのミットは本来要求した場所から動いているはずだ。今回わたしの身に生じた事態もまさにこれだった。悪い球ではなかったのだが、置き場所をミスしてしまい、打者はそれに備えていたのだ。ま、よくある話ではある。

上述のように、わたしのあとを受けたリリーフがいい仕事をしてくれたので実害はなかった。それでも試合は3−2で負けてしまった。

翌日の投手ミーティングでわたしの投球が話題になった。さて思い出してもらいたいが、わたしは通訳越しに情報を得ているのである。そのため反応しようとしてもすでに話題は次のものに移ってしまっている場合が結構ある。実りある議論を好むわたしとしては、これはつらい。今シーズン、投手ミーティングでは「キャッチャーのいうことを聞いてやってください」「ストライクを先行させてください」と言われ続けてきた。先日のケースは以上の2点を忠実に守った結果であるから、責められる筋合いはないと思っていたのだ。ああ、わたしは大甘のおばかさんだったのである。

ランナーは得点できず、それでもわたしたちが3−2で負けた話はしたと思う。スタジアムに到着したとき、わたしは投手コーチと「ザ・ピッチ」(と呼ぶことに決定)に関して個人的に話し合った。自分のやらかしたミスについて何度も何度も繰り返し聞かされるのは、それはそれは愉快な経験である。

その日の午後、今度はブルペン・コーチと別のミーティングをした。この人は傑出した人で、わたしはとても尊敬している。簡単な言葉で大変ありがたいアドバイスを二、三いただいた。それで油断していたら最後にきつい一言をくらった。「信頼できないようなら、接戦では使えない」、と。

たった一球、それも結局どうでもいい球となったものを投げたからといって、こういう言葉を聞かされるとは少々驚きである。わたしは充実した春季キャンプを送れたし、シーズン入りしてからも現在まで11イニング投げて被安打6、三振10、四球2である。現時点で十分実力を証明できたと思っていたため、たった一球がわたしの息の根を止めかねないという事態は受け入れがたいのだ。しかしわたしもなんだかそういう気がしてきたのであった。


もちろんバックとリックはこの件で大笑いしている。以前から「ものごとをほっとく」ことができないわたしをからかってきたやつらである。わたしとしても、この地で正気を保っていたいのであれば克服すべき短所であるとは思う。わたしは日本のベテラン投手の一人に質問した。日本ではミスを犯すとどれくらい取り沙汰されるのですか、それにどう対処すればいいでしょう? かれは“右から左に聞き流せ”という国際的合図を示したのであった。まあこっちがなるべく早く飲み込んでしまうしかないわけで、若干の性格調整を必要とするだけのことである。結局のところ、意図するところは問題ないのである。その伝達法にこちらが慣れていないというだけの話なのだ。

二日が経過し、わたしとしては「ザ・ピッチ」も忘却の彼方に沈んだものと確信していた。投手ミーティングでもほとんど触れられることなく終わったのである。そう、「ほとんど」なのだ。例によって日本流投手ミーティングのあの瞬間がやってきた。なにが語られているかわからないまま、突如として自分の名前が発音され、失望の視線を向けられる。そう、二日前の「ザ・ピッチ」が議題となっていると悟る。通訳がおどおどしてしまい、わたしはまたぞろ反論の機会を失うわけで、結局は「辛抱」の二字しかないのであった。


わたしは軽度のショック状態に陥った。リックは大喜びするし、バックにいたっては最初話をしても信じてもらえなかった。わたしも悟った。ふたたび登板していい投球をするまでは、しばらくこの件を聞かされそうだ。

以上、何事も経験という話である。うまいこと回避するしかないわけだ。わたしは関係各方面になんら他意を抱いていない。コーチ陣も大好きだし、よい投球を続けて例のベテラン投手の忠告に従っていれば、すべてはうまく運ぶだろう。ようするに妻の相手をするときと同様に接すればよいだけなのだ。面従腹背、馬耳東風。

translated into Japanese by KE