| 日本ブログ 第8週 : 3月18日 - 24日 |
| 3月23日 開幕日を控えて万事ややスローダウン気味である。シーズン突入をまえに試合がない日が四日あるわけで、わたしにとっては異常事態といえる。 とりあえず一日のオフを貰い、あと3日は練習だ。日本人がどれほど練習を好むかもうおわかりだろう。それも試合がない日の適当な2時間練習じゃない。 午前10時始まりの練習で午後2時前に球場から出られたためしがないんだ。ええ、世間一般の労働時間と比べれば短いことはわかっております。 わたしの春季トレーニングはいい仕上がりだった。実際、多くの成果をあげられた。 投球もよかったが、結構ミスもやらかしたので、シーズン中になにを警戒すればよいかもわかった。 オープン戦での最終成績がわからずじまいに終わったというのもはじめてだ。だいたいのところはわかるが、びしっとした数字でここに書けないのだ。 ある記者の話だと、わたしの春は9イニングで被安打3、三振7、1四球、失点2とのこと。 1四球というのが鍵である。これこそわたしが長年の課題としている領域なのだ。 日本のストライクゾーンが狭いという噂も手伝い、わたしはちょっと不安だったのだ。 よもやボークのほうが大問題になろうとは夢にも思わなかった。 自分では修正したつもりだが、コーチがいまだ心配しているのが伝わってくる。 もうひとつの問題材料は日本の公認球だった。メジャー公認球と劇的にちがうというわけじゃないが、試合中に新らしいボールを貰うと、ぴかぴかに輝いている。 メジャーでは、新しいボールはミシシッピ・マッドでごしごしこする。そうすると滑りがとれて、少しばかりグリップが増す。 日本のボールは自然な感じで手にくっつくが、このところのように寒い気候だと少しすべりやすくなる。 そこでわたしは新しいボールをもらうとき、それが箱出しの新品だったら、マウンドから少し土を拾ってごしごしこすろうと決めた。 これがちょっとした論争を呼んだのである。 オープン戦でわたしが最後に投げたとき、チェンジアップで三振をふたつとった。 そしてダグアウトに戻るとアンパイヤがやってきて、投手コーチを交えた話し合いとなった。 ようするにアンパイヤは、レギュラー・シーズン中は絶対にボールに唾をつけるなとわたしに言い渡しておきたかったのだ。 直接唾をつけたりはしていないとアンパイヤに言ったのだが、聞き耳をたてていたバックが「おまえ、やってたな」とほざいてくれた。 バックとしては、いんちきをせずにフェアプレイをやろうという趣旨で皮肉っぽく励ましたつもりなのだ。打者はなんであれ投手の戦術に文句をつけるものである。 おかげでわたしも考え込んでしまった。もしかしたら無意識のうちにボールに唾を吐いてしまっていたのだろうか。 それからスギモトさんに質問した。あのイニングのチェンジアップを見てもらえましたか、そしてボールに唾をつけてまで投げるほどの球じゃないと思われましたか? この部分は翻訳の際に脱落したようだ。 ゲームで頭角をあらわすといっても、日本の考えかたはアメリカとは劇的にちがう。 アメリカの選手はプレイ向上のためならなににでも手を出す。合法、違法、おかまいなしである。 そういうわけで現在のステロイド問題にたどりついているのだ。 日本の選手たちはより名誉を重んじており、いんちきはなんであれスポーツマンシップにもとると考えているようである。 証拠をひとつ出そう。ある日の練習のとき、わたしは日本の投手たちやコーチたちと不正投球に関する情報交換をした。 わたしがこれまでの野球人生で目撃してきたいろんな妖しい術、すなわちサンドペーパー、シェイヴィング・クリーム、松脂その他でボールの一部分に傷をつける行為のことを解説すると、チームメイトたちは真剣に聞き入っていた。 少しばかりボールを沈ませる、あるいはカットするために投手がそんなまねをすると知ってショックを受けたようだ。 わたしはいかさまを大目に見るつもりはないし、自分が手を出そうとも思わない。 だがひとつだけ覚えておいてもらいたいことがある。野球キャリアを通じて、たいていのやつは一度はいんちきをする、あるいはいんちきしようと試みる。 多数が不正を正義とする、みんなで渡ればこわくない、わたしはそういう論に与する者ではない。 だがわたしの野球キャリアの大部分はステロイド検査がない時代だった点もご記憶いただきたい 。わたしたちはみんな、だれがなにをやっているか知っていたが、わたしたちにはどうしようもなかったし、本気でどうにかしようと思う者もいなかった。 時に投手たちはグラウンドでの公平を試みる、とでも言おうか。 1968年以来、マウンドは低くなっている。指名打者制が導入され、ボールは硬度を増し、バットも強度を増した。 野球場は狭くなるし、ウェイトトレーニングは進歩するわけで、チャンスがあればボールにいたずらしてみたい男たちの動機も理解できるだろう。 もちろん究極の動機も忘れてはならない。メジャー・リーグで成績のよい投手は大金を手にできる。 かくしてわが講義「正しいいんちき法およびいんちきボールの正しい投げ方」がおわると、スギモトさんいわく、アメリカの選手たちは本質的に汚い、と。 これが正確な発言だったかどうか不明だが、そういう趣旨だったと思う。 部外者が正論を吐くのは簡単だろう。だが4インチから6インチ余計に沈むツー・シームを投げてみれば、立場が変わる場合もままあるといえよう。 開幕一軍メンバーが最終の28人にまで絞られると、チームが毎年恒例のシーズン前夕食会を行う。 場所は福岡の繁華街であるテンジンだ。レストラン、各種店舗、バー等がやまほどある騒々しい場所である。 夕食会は大変巨大なレストランで行われた。わたしたちはシャブシャブを食べることになっている。 肉と野菜をゆでて食べる形式だそうだ。大変健康的であるとのこと。その話を信じてよいのかいまだ確信がもてない。 はじめての経験だから食事を楽しみにしてはいる。 その夜は尋常ならざる方法にて開幕となった。 チームのキャプテンがシーズンに向けて乾杯を行う。各選手には小さなビール入りのグラスが渡される。 カズミ・サイトウが挨拶を終えるとみんなで「カンパイ」と言ってそれを飲む。アメリカでは公式にこれをやるチームはないと思う。 もちろんわたしも長い野球生活で、チームメイトと外で飲みあかすことはあったが、儀式つきビデオ撮影ありのチーム一丸強制参加飲み会は想像がつかない。 食べ物はまったくの驚異だった。まず生の海草から始まるのだが、慣れないこちらは(大丈夫か?)と思ってしまう。 これが素晴らしい味で、それからわたしは刺身を少しだけいただいた。 まだまだ外見が不思議、匂いが変という料理がいくつもあったが、わたしの胃袋が覚悟を決めていないので敬遠させてもらう。しかし盛り付けは素晴らしかった。 食欲増進料理のつもりだろうが、繊細に調理された品々の中央に生のロブスターと太ったマグロがでんと置いてある皿があり、二人の人がおいしそうに食べていた。 ロブスターの殻がめいめいの皿のど真ん中に置いてあり、あなたに食べられることを誇りに思いますと言わんばかりの風情である。 次がシャブシャブである。各テーブルにポータブルのガスバーナーが二基設置されており、大きな鍋が置かれている。 お湯が軽く煮立つようになると生肉を入れる。シャブシャブには薄くスライスした、向こうが透けて見えるような牛肉が理想的とのこと。 食べ方はというと、まずチョップスティックでスライス肉をつまんで5秒から10秒ほどお湯のなかで回す。 続いてそれを引き上げ、二つ用意されたソースのどちらかにつけて、食べる。 肉があっというまに茶色になるのに驚かされるが、わずかな時間とはいえ十分に調理済みという仕組みなのだ。 これはほんとうに楽しい食事法だ。メインコースは絶品だったので、先に食べた魚料理の埋め合わせとなった。 まずい点はただひとつ、スキミング(わたしの用語)である。鍋にはそれぞれプール・スキマーとおぼしきものが付属している。 お肉を数回しゃぶしゃぶしたあと、水面に残る肉滓を掬い上げなければいけない。 通訳のひとりであるモンナがこれをやってくれた。 こういう場合は外国人カードを切るにかぎる。どうしていいかわからないふりをしていれば、だれかがかわりにやってくれるのだ。 わたしとて学習しているのである。 食後に状況が許せば、とわたしは葉巻を2本持参していた。 スシ、アイスクリーム、フルーツと終わって、他の人が紙巻タバコを吸いだすと、モンナが葉巻をやれとすすめてくれた。 吸っていいものか不安だったので、モンナに頼んでチームのえらい人のひとりに訊いてもらった。 OKが出たけれど、火をつけるまえにスギモトさんからやめとけと合図された。だからやめておいた。 バックは残念そうだった。かれも葉巻を吸いたい気分だったからだ。 そこでわたしたちは夕食会が終わったあと、どこかさがして帰宅前に一服しようということにした。 ダーツボードを備えたレストラン・バーが見つかった。完璧な場所といえる。モンナも合流した。 バックがクリケットの第1ゲームをとった。第2ゲームの途中で、バーのオーナーがわたしたちのダーツの腕前に気がついた。 ちょっと仕組まれたような感じだった。店にはだれもおらず、オーナーとバーテンのひとりがバックとわたしにゲームを挑んできた。 わたしたちはチーム・クリケットを行った。わたしたちが勝てば今日の請求書はちゃら、あちらが勝てば開幕戦のチケット2枚という勝負である。 勝てると踏んだのかかれらの瞳は輝いており、ゲームが始まった。かれらを燻製にしてやった。 しかしこれぞアメリカのスポーツマンシップとばかりに、かれらにチケット2枚置いていくことにした。 かれらはリベンジ・マッチを要求した。今度は701で勝負である。これはわたしの得意ではないので、簡単に負けてしまった。 で、三度目の正直とばかりにクリケットで決定戦となったが、今度は勝負にならなかった。 わたしがブルズアイを2連発する一方、かれらはいまだオープンナンバーが3つ4つ残っている有様だった。 8時半を過ぎたが、楽しい夜だった。偶然出会ったホークスファンとダーツを数ラウンド楽しんだのだ。 かれらも本当に楽しそうだったし、バックもわたしも本当に楽しかった。オーナーはわたしたちにいつでも来てくれと言ってくれた。 TOP 3月24日 ついに、開幕。シーズンスタート前に試合のない日が四日続いた(オフ1日、練習日3日)。 本番前にこれほど時間があるのもちょっと普通じゃない。登板がない日が続くのは嫌いなので、シーズン開幕が嬉しくてしょうがない。 試合前のお祭りがとても面白かった。MLBでは上空を戦闘機が飛んだり、国歌斉唱に特別ゲストを呼んだりする。 日本でも発想はよく似ている。地元の太鼓演奏団がなかなか見事な試合前のショウを演じた。メンバーの多くは十代前半かそれ以下の子供たちのようだった。 全員そろいの法被を着ていて、見ていてあきない。 両チームがいちいち選手紹介しなかったのもよかったと思う。 アメリカではなんであれをやるのか理解できない。まあホームチームはよしとして、相手チームまでやる必要があるのだろうか? ヤンキー・スタジアムでトロント・ブルージェイズの面々をいちいち呼び出して恥をかかせる理由は? 時間はかかるわ、恥はかくわ、いいとこなどひとつもない。 屈辱の花道を歩かされ、ニューヨーク最高の選手たちからブーイングをされるわけで、相手方選手の意気も消沈してしまう。 両チームがホームプレートとピッチャーマウンドの中間地点あたりで番号順にならんだ。 両監督が紹介され、それから有名オペラ歌手らしき人が日本の国歌と思しきものを歌った。 それ以前、クラブハウスのほうでわれわれは試合前の豪華なご馳走にありついていた。わたしも先発だったころが懐かしくなる。 メジャーで先発だったころ、わたしは中四日のオフを練習にあてることもできたが、食べ過ぎてブタになることもあった。 出番がないとわかっている日にメジャー流のご馳走がでると、ひとりでぱくついてしまうわけだ。今日がそんな日だったらよかったのに、と思ってしまった。 キングクラブの脚もあれば、スシもやまほどある。巻き寿司はとくにおいしかった。 ご馳走は果てしなく広がっていた。しかしもっとも目をひくメニューは盛り合わせだった。 いや、サンドイッチでもなく、肉の網焼きでもない。ともかくそいつは広間の中央にでんと置いてあった。 どう料理してあるのかしらないが、全長2フィート超の巨大魚が、頭から目玉から歯から尻尾からすべて残ったまま、ともかくも料理となっており、みんなが集まってそいつをつついている。 最初は冗談かと思ったが、ともかくわたしも魚のおなかに箸を入れてみた。 これが驚くほど美味だった。日本での食事経験をいかに積もうとも、「これは見たことがあるよ」と言える日がわたしに到来するであろうか? 試合のほうは美味ではなかった。うまい言い方ができないが、ようするにまずい試合だった。 エラーがいくつもでて、投手のできも悪かった。攻撃陣はいい仕事をしてくれて5点をとったのだが、こちらが8点献上してしまった。 わたしの本番での初ブルペンはおもしろい経験だった。わたしはスクランブル発進を要求される左のリリーフとして練習してきた。 電話がなる、背番号が告げられる、そうなればできるだけ速やかに投球できるよう仕上げなければならない。 ところがここでは事情が違う。緊急発進ができるかどうかを見極めるための調整時間があるのだ。 わたしはウォーミングアップを行うよう5回も別個に命令された。そのうち4回は準備完了後に再待機となった。 13年間野球をやってきたが、4回の「アップ」は個人記録である。今日の試合以前には一度しかやったことがない。 5回目にしてわたしはようやく試合に投入された。あとから聞いた話では、わたしはブルペンのウォームアップ5回で88球を投げたとのこと。 それがなんなのと思う人のために言っておくが、これは本当に大変な球数なのだ。 ホークスは6−4で負けていて、ランナー2,3塁だった。わたしの相手は左打者だった。 そいつはホームプレートのまん前にゴロをたたきつけた。打球は思い切り跳ねて、ファーストの頭上を越えていった。 わたしはわくわくした。シーズン開幕にあたってなんと素敵な「人工芝ヒット」だろう。 わたしが引き継いだランナーがホームインしてくれた。ひどい。 ヤフー!ドームでの投球はすべてが大好きだが、唯一の例外がこれだ。うちのスタジアムが天然芝だったら、と思う。 開閉式の屋根があるから可能だとは思うが、そうなったら完璧だっただろう。 ともあれ、わたしが相手をした打者はひとりだけで、これで登板一回アウトなし。走者はわたしが出したものではないので、防御率は---無限ではない。 左のワンポイントにとって、前のピッチャーが出したランナーに得点を許したあげくにアウトひとつもとれずに降板というのは最悪以外のなにものでもない。 ゲームでなにひとつできなかったという気分になる。実際、なにもしていないわけだ。 試合後、ブルペン・コーチのタカヤマさんとウォームアップ・ルーチンについて話をした。 日本のブルペンはまったく手順がちがうのだ。わたしは10球から15球で準備できると言っておいた。 これまでもすぐさま肩を作って試合に突入してきたし、それに慣れている、と。 結局のところ、様子を見ようじゃないかということになった。 わたしはもう34歳であって、残弾の数もそう多くない--それは自分が一番よくわかっている。 実弾は射撃練習場ではなく戦場で撃ちたいのである。 TOP |
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