日本ブログ

第7週: 3月11日 - 17日

記入完了: 3月 11日, 12日, 14日, 15日, 17日

3月11日

このシーズン前のロードは異常な旅といえる。チーム全体で朝食をとるのが午前7時30分、それから荷造りをして9時にはバスに乗り、はるか彼方のスタジアムを目指す。七つの都市で行われる七試合のうち、最初の三試合は相手方の一軍スタジアムではなく、いわゆる「地方球場」で行うことになっている。

今回の試合はオノミチと呼ばれる街から一時間ほど行ったところで行う。こんなことをするのもすべては相手となるホームチームの地方人気の掘り起こしのためである。今回の相手は広島東洋カープだ。想像通り、地方球場は一軍スタジアムに較べて各種施設がぐっと落ちる。

球場のロッカーは大学レベル、いや高校レベルだった。
使えるロッカーはないに等しい。みんなは適当に座って手持ちのバッグをロッカー代わりにしていた。
年俸400万ドルの選手もこれをやってるんだから普通じゃない。しかし日本ではあたりまえなのだろう。
つべこべ文句をいうやつはいないわけで、このあたりはかれらを尊敬する。
アメリカのメジャーリーガーが同じ態度をとるとは思えないからだ。

尾道は文字通り凍っていた。ストレッチを始める頃、小雪が舞いながら外野に降るのが見えた。
わたしは長袖を着て投げるのは好きじゃない。どうにもしっくりこないんだ。
このときもユニフォームの下に半袖を着ていたのでじろじろ見つめられ、質問された。

6−3でリードした8回がわたしの登板だった。このときも半袖で投げた。
3人で押さえてダグアウトに戻ると、主任通訳のテッペイがやってきた。長袖シャツを忘れたのかと王監督が知りたがっているという。
わたしの登板中、5回も同じ質問をされたとのこと。
いや、半袖は意図的なものであって、長袖もちゃんと持ってるからご安心を、と監督とスギモトさんに伝えてもらった

試合終了直後、一本早い列車で次の目的地ナゴヤに向かうと告げられた。つまりシャワーを浴びて着替えて荷物をまとめてバスに乗るのに30分しかないという意味である。わたしは腕と背中のアイシングの真っ最中であったから、これはもう銃を突きつけられているようなものだ。われわれ45人に対してシャワーは5基しかないため、長いこと待つはめになる。

やめておけばよかったのだが、わたしはシャワー前にひげを剃ろうとした。あわてていたため、首筋の左側をかなり深く切ってしまった。傷の手当てをする時間もあまりないので、このワイシャツを着るのもこれが最後となるだろう。チーム支給の品だったから、O.J.シンプソンのフォード・ブロンコの内装のようになろうとも気にしないことにする。

明日は投げることはないので、ナゴヤでは葉巻としゃれることにする。日本ではキューバ産葉巻が簡単に手に入るが、わたしはアメリカで吸っていたドミニカ産葉巻に慣れてしまった。そこで妻に頼んで日本に来るまえにアルトゥーロ・フェンテを一箱買ってきてもらっていた。

ホテルに到着後、アメリカ人選手たちはタクシーに乗って外食に出た。
行き場所はこともあろうにアウトバック・ステーキハウスである。
ナゴヤは人口250万弱、福岡の倍のサイズである。ゆえに西洋人向けオプションがやや多いのだ。
アウトバックでアリス・スプリング・チキンを食べたあと、地下鉄に乗ってホテルに帰ることにした。ところが駅で完全に迷ってしまい、ここは安全策ということでタクシーに飛び乗った。ホテルに帰還し、葉巻を楽しんだ。待っただけの値打ちはあった。

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3月12日

ナゴヤはすてきな街のようだが、それを確かめられるほど長居はできなかった。この街を中心に出たり入ったりしているのである。わたしは東京に行く日が待ち遠しい。東京ドームホテルに6泊連泊する予定となっている。スーツケースを開くひまもない三日連続のロードに出ていることを考えれば、悪い話ではない。

この先、レギュラーシーズン中にナゴヤに来る機会は一度しかない。ナゴヤはセントラル・リーグの中日ドラゴンズのホームである。ホークスはパリーグ所属であるから、ナゴヤで試合をするのは交流戦の2連戦だけとなる。

朝おきたとき、今日投げずにすむことを心から嬉しく思った。雪がナゴヤの空を水平に流れていく。
どうみても野球に向いている日じゃない。

試合はナゴヤから約45分離れた場所で行われた。地方球場についてみると気温は華氏41度。
風が強いので体感は華氏35度というところか。今日投げずにすんで本当に嬉しい。

この地方球場はまえの球場ほど立派じゃないが、それでもファンは同じように熱狂的だ。
日本のファンたちには感心させられる。状況に関係なくチームを応援してくれるらしい。
ラッパが吹き鳴らされ、旗がひるがえる。わたしは出来るだけ屋内にいるようにした。野球を観るには寒すぎた。

試合後、ホテルに戻ってシャワーを浴びたあと新幹線でシズオカに向かう。
ここで一試合だけ楽天イーグルスと戦う予定。シズオカはイーグルスの本拠地ではない。
ホークス対イーグルスというゲームは基本的に遠隔地で行われる。

ホテルに戻る。こんな狭い部屋にチェックインするのは初めてだ。一晩だけというのが救いである。
おまけにインターネットが使えないとくるから、少しばかり居心地が悪くなる。あげくにわたしの部屋だけかもしれないが、テレビが動かない。
しょうがないので今晩はブログを書き、DVDで「ブレックファスト・クラブ」を観る。この作品を最初に映画館で見たのは1985年だった。
うちのチームのピッチャーにひとり、1986年生まれがいる。


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3月14日

昨日は地方球場での最後の試合である。さっさと終わってくれて有難いかぎりであった。
野球人気のプロモーションには全面的に賛成するわたしだが、正直いってこの手のゲームは面白くなかった。
寒いし、風は強いし、グラウンドの状態は良くなかった。
かくも悪質な組み合わせとなった以上、最後のアウトを記録した時点でこちらはせいせいするのである。

再度登板したがそれほどよくはなかった。調子をあげるまで時間がかかり、8,9球投げて最初の打者を歩かせてしまった。今季初の四球だ。
楽な投げ方をしようとするとサイドスローになった。次の打者は三振に打ち取ったが、次の打者は背中のど真ん中にぶつけてしまった。
ひどい気分だった。寒いし、フォーシームもいいはずがなかった。続く二人をアウトにしたので、このイニングを大過なく締めくくることができた。

イニングが終わってから、スギモトさんがサイドスローについて聞いてきた。こちらは正直に言うしかないので、調子がよくなかったから楽な投げ方をしただけだと告げた。。
スギモトさんからサイドスローはやめてくれと頼まれた。いつものオーヴァースローのほうがずっと安定していると感じているのだ。

皮肉なことに、通訳の一人からはブルペンでのサイドスローがとてもよかったと言われていた。またわたしが三振をとったのもサイドスローだった。
ゲーム後、相手のチームのアメリカ人選手と話をすると、裏技的サイドスローがいいと言われ、歩かせた打者からは球の出所の見極めが難しかったと言われた。
かくしてわが心は少しばかり乱れるのであるが、究極的には自軍のコーチの命令に従うしかないと理解している。
ときどきサイドスローを使えばいろいろ出来ると思っているが、えらいさんから嫌われたらどうしようもない。
この件に関してさらに話し合いが持たれるようなので期待はしている。

試合後、悪いニュースが届いた。アダムが二軍に送られるという。
まだ開幕一軍のチャンスは残っているそうだが、はたしてどうか。
首脳陣はアダムにもう少しパワフルな打撃を期待しているらしく、二軍の春季キャンプのほうで打席数を増やして様子を見たいとのこと。
いろいろな理由できついニュースである。個人的な話で申し訳ないが、アダムは熱心なクリスチャンであり、わたしの相談相手としてはもってこいなのだ。
そういう理由でもかれにはそばにいてもらいたい。アダムは実績もあるし、主の御心があればすぐに一軍登録名簿に戻ってくるだろう。
東京に到着して嬉しかった。われらはこれから六日間、この地で過ごすことになる。東京ドームホテルは実にナイスである。しかしもっと重要なことは、ついにわたしは三日間で三都市というあわただしい移動の後にスーツケースを開けたのであった。


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3月15日

東京初日はオフ日となった。おかげで人口1200万を超えるこの街をチェックするには十分な時間がある。リック、バック、モンナ(通訳)とわたしは正午近くになって伝統的な日本の昼食をサブウェイにて食することで一日を開始した。ちなみにわたしがいただいたのは「フットロング・ターキー・オン・ハニーオーツ」である。

サブウェイでの昼食後、われわれは本物のサブウェイすなわち地下鉄に乗って世界最大の家電量販店(モンナ談)なるものに向かう。ヨドバシは9階建ての家電専門店で、完璧なカオスといってよいほどの品揃えである。従業員は400人ほどだろうか。コンピュータのマウスだけ(複数形のマイスを使うべきか?)が両側にずらりと並ぶコーナーがある。おそらく1000種類のマウス、というかマイスがある。

にもかかわらず、わたしが捜し求める英語国民のための電子辞書がない。電子辞書はやたらと種類があるのだが、英語国民専用のやつだけがないのである。ここで見つからないとなれば、アメリカに注文を出して取り寄せるしかないだろう。しかしこの電子機器の憩いの場所への訪問は決して無駄足とはならなかった。わたしはイアバッド型の高級ヘッドホンを購入した。ボーズ社製のノイズ・リダクション型ヘッドホンはすでに持っており、こいつが素晴らしい音を出してくれるのだが、いかんせん大きすぎて旅行中は苦痛でしかない。小型のやつなら列車でも飛行機でも扱いがずっと簡単である。

家電店を出て、リックの案内で理髪店に向かう。かれは昨年東京エリアでプレイしており、この街には詳しいのである。わたしは自分の髪型などあまり気にしないほうだが、日本ではどこで髪を切ってもらえばいいのか、少し心配していた。

日本人の髪型はわたしが慣れ親しんでいるものとは少し違う。わたしとしては、最近はやっているらしい日本風マレットはごめんである。だからといって「あちこちとんがりまくりのスーパーマウシー・スパイク」もいやなのだ。リックが連れていってくれた店はアメリカでも人気のあるなチェーン店「トニ&ガイ」だった。通訳のモンナがいてくれて本当に助かった。長いことかかったが仕上がりには満足できた。わたしの散髪が終わったあと、バックが教えてくれた。ミス・ユニバースが来店していたが、わたしは会い損なったとのこと。わたしに会っていれば、彼女はさぞかし失望したにちがいない。

わたしは散髪代を惜しむたちの人間であるから、7700円(65ドル)はちょっと高い。ご婦人方がさらなる損害をもたらしうるという情報はわたしも得ている(クレジットカードの請求書を見たことがあるのだ)。ともあれわたしはそういう出費はごめんなのだ。ただし7700円にはチップが含まれている件は明らかにしておきたい。日本人は通常チップを受け取らないのであり、それはわたしも承知していたが、この場合はしょうがない。散髪してもらってチップを置いていかないと、どうにもこちらが気持ちわるいのである。

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3月17日

東京にいると時間の流れがはやい。わずか一週間で開幕なのだ。
春季キャンプの52日間はさぞ長かろうと思っていたが、実際はあっという間だった。

ようやく地方球場から逃れて一級のスタジアムに入れて嬉しいというのが本音だ。
ロードに出てみて福岡のありがたさが身にしみる。地方にいくと球場も施設もおおむねアメリカのものより一段落ちる。
クラブハウスはお世辞にもナイスとは呼べない。とりわけわたしが今いるビジター側はひどい。

このところかなり寒い日が続いている。今日はヤクルト・スワローズ・スタジアムで投げたが、気持ちいいくらいクールな場所だった。
福岡ならドーム球場だし、空調もあるから快適だろう。ロードでのピッチングは好調だったが、どうにもホームのほうが気に入りそうだ。
ひとつにはリーグ最大面積の外野があるというのが大きい。これはどんなピッチャーも嬉しいものなのだ。

昨日は準オフだった。ゲームはないが練習はある。われわれはバスで45分走って千葉ロッテ・マリーンズの二軍練習場に行き、汗を流した。
徹底的な練習をやったわけじゃない。屋内練習場を借りたので、すし詰め状態だったからだ。
わたしは基本的にストレッチをやり、キャッチボールをしてからウェイト、ランニングとこなした。それから一時間ほど待って、バスで東京ドームホテルに戻った。

これで一日が終わればめでたいのだが、そう話は甘くないのである。その晩遅く、ミーティングがあった。
投手たちのミーティングと野手たちのそれは別個に行われる。われわれはパ・リーグの新顔の打者たちの研究を行った。
6チームもあればたいがい新顔の選手がいそうなものだが、実際は9人だった。
うちを別として、5チームで9人。メジャーリーグなら、前年比で新顔9人などという地区はありえない。
つまり日本では人の入れ替えがあまりないということだ。まったく新顔がいないチームも二つあった。

ミーティングは1時間半続いた。かくも徹底的にやる日本人を尊敬はするが、時には簡単にすませてもいいんじゃないかとも思う。
ある打者を俎上にあげ、スカウトの報告が始まった。この選手は守備力に優れたキャッチャーだが、打撃はひどいという。
ならば適当に投げとけば問題ないじゃないか、とわたしなら思うわけだ。それでも15分経過して、いまだこの貧打者をいかにしとめるかを話し合ってる。
こちらはペンキが乾くのを眺めているような気分になる。おまけにビデオまであるのだ。

最後のオフの前日、わたしは外出しようと決心した。
自分は夜遊びするタイプではないのだが、できるだけ多くの角度から日本を観察してみたいので、一晩外出することにしたのだ。

われわれは東京のロッポンギと呼ばれるエリアに行った。
ここはナイトクラブが充実していることで有名なスポットで、仕事が終わった西洋人が集まる場所でもある。
ロッポンギのバーやレストランの大部分が、中国人やアフリカ人の実業家が経営しているという点も興味深い。

春季トレーニングで東京近辺にいる外国人選手6,7人と合流する。
わたしが入ったバーはほぼ西洋人で占められていた。おそらくこの地域の日本人人口比率は50%を切るであろう。
バーテンが日本語を話さなかったら自分が東京にいるとは思えない。
この店はどこにでもよくある場所だったと言っておこう。わたしもアメリカで若い頃、この手の場所に行ったものだ。
かわいい娘がまったくいなかったので早々に切り上げ、0時にはベッドで寝てしまった
(と妻が読むことを想定して書いているわけで、実際はホットなおねえさんたちがうじゃうじゃと)。


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translated into Japanese by KE