日本ブログ

第4週: 2月18日−2月24日

記述完了: 2月 19日, 21日, 22日, 23日.

2月19日

月曜もまたオフ日だったが、まだまだ嫌気がさすことはない。今日は特別なのだ。
すなわちホークスの投手たちが毎年恒例のゴルフ・トーナメントを開催する日なのだ。
8人ずつ3チームに分かれ、結構なお金を賭けてハイビスカス・ゴルフコースにて戦端を開くのである。

賭けの対象は3種類用意してあった。前半9ホールで負けたチームはゴルフ場のクラブハウスの朝食と昼食全員分を支払う。
後半9ホールで負けたチームが全員のゴルフ場使用料金を支払う。トータルスコアの合計で負けたチームが全員にディナーをおごるのである。

うちのチームがわたしをあてにしているのは明らかだった。どういうわけかゴルフが上手いと思われてしまったのだ。
しかしわたしのスコアは前半9ホールで47、みんなを失望させてしまった。これが効いてしまい、わたしたちは最初の賭けで負けた。
朝食と昼食の料金合計1000ドルを8人で頭割りすることになってしまった。

さてわたしは大金を賭けてゴルフをするのは好きではない。
なんといってもゴルフは上手じゃない。
第二に、自信がない分野に顔を突っ込んで金を失うというのが気に食わないのである。

競技者はみな負けるのが嫌いであり、わたしも例外ではない。わたしは怒った。金を失ったからというよりも、最初のラウンドで負けたからである。
ゆえに後半は挽回すると決意する。朝食と昼食の請求書というのは3種の賭けのなかで一番金額的に楽だった。二度と負けるものか。

後半9ホールは素晴らしいスタートを切れた。3ホール終わってイーブンである。
続いて13番ラッキーホールとなった。わたしは幸運も不運も信じるほうではなかったが、このパー5のホールでやらかした大冒険のおかげで改心しそうである。
第1打は正確だったがちょい短めで、グリーンまで残すところ300ヤード。
続く第2打は3番ウッドでフェアウェイを少し外した。ところがだいたいこのあたりのはずという場所に来てもボールが見つからない。
最終的にキャディーが見つけてくれた。よく見つかったものだと思う。バンカーの端っこにめりこんでいて、わずかに顔を覗かせている状態だったのだ。
でもってなんとかバンカーから出そうと一撃をくらわすと、実際の球の位置から6インチも離れた場所を叩いてしまった。
真の逆境の始まりである。ボールに砂をかけてしまい、いまや完全に視界から消えている。完全に砂のしたに埋もれてしまった。
頑固者のわたしはそれでも、その、“数回”チョップを続け、ついにボールは姿を現したのであった。
最終的に12フィートのパットを決めてこのホールは9とした!
カドラプル・ボギーというやつだ。以降、わたしがご機嫌になったのはいうまでもない。

その後わたしは心ここにあらずの体であったが、なんとか後半9ホールを45でまとめ、トータルを92にした。自分が嫌いになった。
参加24ゴルファー(投手21名、野手2名、パーソナル・トレーナー1名)中、100あるいはそれ以上を叩いた者が10名、最多は125だった。
わたしの92がトップ10に入るとは驚きである。チームメイトたちはさらに上位にいた。
わたしたちは負けるどころか最下位からトップに躍進し、今回の優勝チームとなった。
有難や、有難や、わたしはもはや金を出す必要もなく、これから幸運の恩恵にあずかることになるのだ。

一番ひどい目にあったのは誰かって? それはわがアメリカ人チームメイトであるアダム・ハイズデュなのだ。
かれは81で回り、全体で第2位タイのスコアだった。しかしチームメイトが後半9ホールで深海のヒラメの如く沈んでしまい、チームはトップから最下位へ転落してしまった。
かれのチームは全員のゴルフ場使用料とディナーをもつはめとなり、ひとりあたり600ドル弱の支出となった。
アダムのキャンプは幸運とはいいがたい。日本人はこの件を爆笑ものと思ったらしく、かれを「ハード・ラック・アダム」と呼んでいた。
ラックはR発音となっている。日本人にLは難しいのである。

ホテルに戻ったのはちょうど午後三時すぎだった。そこで5時半に集まることになった。
ディナーは大いに盛り上がった。われわれは韓国流プルコギ・レストランに行った。
この店は大変小さく、一階にはテーブルが4つ5つしかないが、二階の個室がわれわれ用に準備してあった。

まさに家族経営のレストランだった。二階に通じる階段はおそろしく狭く、バック・ブキャナンならぴったり嵌まりそうだ。
個室のほうは30人入っても十分なスペースがあった。わたしたちは25人の一座だったから上等であろう。

日本で外食をするとなると、これはまさにギャンブルとなる。
運良く日本人の同行者がたくさんいたとしても、ちょっと待てと言いたくなるようものを出される事態を回避できないのである。
かくしてわたしは「アメリカにいたら一生食べないもの」リストに「豚の足」を付け加えることになった。
外見はモッツァレラ・チーズのプロシュウトウ・ハム巻きといった感じだが、サイズは小さい。
楕円形をしており、厚さは八分の一から四分の一インチである。そいつは付けタレと思われるものと一緒にやってきた。
わたしはしばしそれを眺めたあと、韓国人たちもちゃんと仕事をしているはずだと信頼し、箸を伸ばして一切れをつまんだのである。
悪くはなかった。真ん中のあたりが固ゆで卵の黄身のようだった。あとはただの脂肪類だった。
さらに数枚食べてみた。バックも挑戦していたが、他の連中はそれほど冒険心に富んでいなかった。
とはいえ、これもおそらくわたしの「一度で十分」リストに入るであろう。

「豚の足」はわれわれの到着時、すでに卓上に並んいたアペタイザーのひとつであった。
他にもキムチがあった。聞いた話では、これは韓国伝統のスパイシーな醗酵野菜料理であるという。
大部分はキャベツのようだ。箸で一つまみしてみたが、わたしの味蕾にはそれで十分だった。
かくしてキムチもまた無限に広がりゆくわが「一度で十分」リストの一員となったのである。

この店は焼肉店ではなかったが、各テーブルには料理用の小さなグリルが据え付けてあった。
生の肩肉と生ガーリックのスライスが出たが、これが美味しかった。
焼き網上から適当に引っぺがして「大豆・オニオン・ガーリック」付けタレにつけ、レッド・レタスに巻いて食べるという方式である。
P.F.チャンとまったく同じ形式であり、自分でレタスを巻いて食べる。ちょっと面倒だがわれわれはすべて平らげた。ほんとうに美味しかった。

メジャー・リーグでもときどき、ロードのときに野郎どもが数集まって外出することがある。
わたしにとって野球に関する最良の思い出のひとつが、こういったレストランで5人から15人の仲間が過ごす一夜である。
たいてい最後は酒となり、面白い話が聞けて、爆笑のジョークが飛び出すのだ。
いまのチームメイトたちと過ごしたこの夜は、たとえばシアトルでデーゲームが終わったあとのユニオン・スクエア・グリルでの夜によく似ていた。

唯一大きな違いは、通訳越しに生じる笑いの15秒遅れだけだ。今晩は外国人選手と日本人選手の懇親の集いとなった。
ゴルフコンペ、会食、酒宴という一日を共有すれば、人間関係は次なる段階へと移行するのである。
これぞ選手として最高の時間のひとつといえよう。まあ、少なくとも楽しいチームにいれば、の話であるが。
わたしはタイガースでもヤンキースでもアストロズでもレンジャースでもこういう夜を経験してきた。
福岡ソフトバンク・ホークスでも同じ夜を見られるとは本当に素敵なことだ。
こまかい部分は違うだろうが、全体的に見ると実によく似ていたのだ。

このチームの選手には喫煙者が多く、食事中でも吸っているやつがいる。
わたしは紙巻はきらいだが、ときどき吸う上等の葉巻は心から楽しめる。
すばらしいディナーとビール数杯のおかげでわたしは安葉巻でもいいから一本やりたい気分になった。
そこで通訳に頼んでウェイトレスに、お店に葉巻は置いてあるか、あるいは近所に煙草屋はないかと聞いてもらった。
かくしてわたしは日米両文化の大いなる差異を実感する機会を得ることになった。
ウェイトレスいわく、うちには葉巻はございませんが、近くに煙草店があると思います、とのこと。
しかしもうすぐ閉店時間ですので、あたしが行って買ってまいります。彼女はそう主張し、わたしが欲しいブランドのリストを書いてくれと言った。
15分後、彼女はわたしのリストの一番上にあったブランドの葉巻をもって帰ってきた。それはコイーバ、すなわちキューバ産である。

この状況でウェイトレスにチップを渡さないやつなどいない。
当然わたしはチップを差し出したのだが、丁重に断られた。彼女の労には本当に感謝していたのだが。
彼女が立ち去るまえに、葉巻を吸いたい人はいないかとチームメイトに尋ねてみたが、だれも欲しがらなかった。

驚くべきことに葉巻は日本人にとっては珍奇な習慣のようである。驚くべき、といったのは、かれらは紙巻ならば大いに吸っているからだ。
わたしが葉巻に火をつけると、すべての日本人が好奇心満々で見つめてきた。
最初の数分間、まるで葉巻を見るのが生まれて初めてであるかのように魅了されていたようだ。そんなわけはないと思うが、そう思えたほどだった。
わたしは結構早く吸っていたのだが、それでも葉巻が異常に長持ちするの知って驚いている選手もいた。
シーズン終了の頃には、何人かをこの趣味に引きずりこんでやろうと思う。

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2月21日


もはや宮崎に滞在できる日もあと五日である。思い浮かぶ感想はひとつしかない。この3週間の早かったこと。

昨晩バック・ブキャナンは気分が優れず、トレーナーにタイレノール頭痛薬はないかと質問した。
5分後バックはタクシーに乗せられ病院へ向かっていた。おそらく医学史上に残る過剰反応であったと思われる。
バックはあれこれ検査され、すべては陰性だった。今日は休養となり、おそらく明日もオフとなるだろう。かれの全快を祈っている。

宮崎での休暇はほぼ終わりである。ひとたび福岡に帰れば、自分ひとりで外国に暮らすということがどんなものか、ほんとうに経験できるだろう。
ホテルもなければ、三度三度のあちら持ちの食事もない。どこに行くにしても貸切バスもなければタクシーもない。
隣の部屋に通訳が控えているわけでもないし、温泉もない。われわれ4人のアメリカ人が同じ階にいることもないのである。
現時点まではきわめて容易な移行期間であったといえる。調整のための時期などまったくなかったのではという感触なのだ。
非常に人気のあるスポーツチームの一員としてシェラトン・グランデ・オーシャン・リゾートで暮らすということはどれほどつらいものだろうか?
その答えは、ぜんぜんつらくない。

福岡に戻れば、運転も食事も買い物もすべて自力でやらねばならない。

それはそれで非常に面白そうである。

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2月22日

きょうは紅白戦をやる予定で、わたしも投げることになっていた。天気が悪くなりそうなのでストレッチを終えたあとすぐにゲームになった。
つまり午前中の練習をすべてこなさずにすんだわけで、こういうサプライズは大歓迎である。
しかもおいしいことに結局雨はふらず、練習も早上がりだった。こんな休暇なら毎日でもOKである。

わたしが受け持った2イニングは上出来だった。無失点、無四球、三三振。コーチ陣はご機嫌のようだ。
ただ問題がひとつ。わたしはボークをとられた。これがほんとうに頭にくる。
投手コーチのスギモトさんが心配していたとおり、投球前の停止が不足している。かれの心配が的中してしまった。
アメリカでもわたしの投球前停止はボークすれすれだったのだが、日本のアンパイヤのほうがずっと厳格なのだ。

わたしの最初のイニングのとき、2アウトでランナー一塁となった。ボークをとられずにピックオフがやれるかどうか、試すにはいい機会だった。
それで投球前に4回ほど牽制球を投げた。最初の2回はかなりうまくいき、三度目でランナーを刺せたのだが、一塁塁審がすでにタイムがかかっていたと判定した。
もちろんそれはまったくの誤審なのである。
打者はバッターボックスに入っていた。一塁ランナーはリードをとっていた。そしてわたしはピッチャープレートを踏んでキャッチャーのサインを見ていた。
わたしは投球をやめて一塁にすばやく送球した。すぐにランナーをアウトにできたとわかったのだ。
で、アンパイヤのジャッジに「腹が立った」と言っておく。もっとすごい言葉遣いがあればそちらを使いたい気分である。

マウンドに戻ったあと、いつもの動きでファーストに送球するとボークを宣告された。停止してなかったというのである。
腹が立ったあとでこうきたわけで、この感情をどう表現していいかわからない。

イニング終了後、この審判たちは二軍の審判たちだから気にするなと言われた。

それでも怒りはわが心を蝕むのであった。

日課が終わったあと、リックとわたしはイーオン・モールに出かけた。
あと数日で宮崎を出発ことになるため、最後にもう一度行っておきたかったのだ。
店を二三軒ひやかしてから、フード・コーナーで適当にぱくつく。
この地にもケンタッキー・フライド・チキンがあるので驚いた。そして興味がわいた。
これは食べてみるしかないだろう。
ではわたしのインプレッションである。アメリカとまったく一緒、たいしてうまくもなければヘルシーでもない。

トレイのゴミをゴミ箱に放り込んでいるとき、気がついた。
若いお母さんが片手で乳母車を押し、片手でゴミ満載のトレイを運びながらやってくる。
当然わたしは手をのばしてトレイを受けとった。どうやらお母さんはふたつの理由で驚いたらしい。
長身の白人が突然出現して迫ってくる・・・しかもそいつが親切にしてくれるわけだ。
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日本人男性の妻に対する態度はわれわれとは違うという印象を得ている。
一般的に見て、女性サイドにより高レベルの服従姿勢が見られるようだ。
日本人男性はわれわれのいうところの「一般礼儀」を要求されていないように思われる。
わたしがしているのは当然すべきこと、というか、やれと妻から怒鳴られていることにすぎない。

ホテルに戻り、温泉につかろうと決心する。これに入れないとなるとさぞやさみしくなるだろう。
男湯から歩いて戻る途中、女湯の入り口に少なくとも10足ほど並んでいるのが見えた。
すなわち温泉プールに10人以上の女性がいるということである。何事が進行中であるのか正確に知りたくてたまらなくなる。

ほぼ4週間妻に会っていないのである。それがわかるだろうか?

わたしはわかるのである。

ところで読者のみなさまは覚えておいでだろうか、キャンプのはじめの頃、わが軍の一員であるオオムラに対してわたしが否定的感情を抱いたことを。
ところがわたしの日記の中では、かれへの評価は完全に逆転してしまった。おそらくわたしはかれをより理解したといえる。
かれのことを気に入りはじめたとすらいってよい。かれに接すると、以前タイガースにて同僚であったボビー・ヒギンソンを思い出す。
深く付き合わないと頭にくること数百回間違いなしというとてつもない完成型ツンデレなのだ。
ヒギーは面と向かって悪口をいうのも平気、言われるのも平気というタイプで、どうもオオムラもそのようにお見受けする。
相手がどのような種類の人物なのか、かれ一流の試験法を行っているのであろう。
いつぞやかれのわき腹にフォーシームをお見舞いしようと考えたわたしであったが、以来何度もかれと冗談を言い合っては笑っている。

午後8時に今日の紅白戦で投げたピッチャーを集めてミーティングが行われた。
キャッチャーたちも参加しており、投手コーチ、ブルペンコーチ、捕手コーチもいた。
わたしたちは投手ひとりひとりのビデオを眺める。そしてビデオをとめてあれこれコメントする。
まずキャッチャーがかれなりに投手の良い点悪い点を検証する。
一軍経験がほとんどない若手のキャッチャーがベテランの奮闘ぶりと進歩の可能性を論じる様子は少し滑稽でもある。
それでもつまるところこのミーティング形式は良いと思う。アメリカではこの手をやった記憶がない。

わたしの投球が議題となった。キャンプでさんざん言われた2点がふたたび指摘された。
塁上にランナーがいるときは完全に停止しろ(ボークをするな)、そして左打者のインサイドにもっと投げろ、の2点である。
今日の最初のイニング終了後に投手コーチから、セットポジションで投げるときは毎回投球前に妻の名前を唱えろとまで言われてしまったのだ。
そうすれば動作が遅くなってボークをとられないというわけだ。
「コーチの奥さんの名前を唱えましょうか?」と切り返したのだが、残念ながら通訳がメッセージ伝達を拒否した。
言語フィルターは実にすばらしい。わが野球人生にもこのフィルターをつけていればとしみじみ思う。そしたら多くの人に嫌われずにすんだだろう。

今シーズン、ボーク一回につき罰金10000円(約85ドル)というのはいかがと提案するつもりだった。
これでコーチも安心してくれると思ったのだ。
ところがスギモトさんのほうに先手を打たれた。
ボークをするたびに罰金50000円、たまったお金は年度末に妻に手渡すという条件を出されたのだ。
それでは妻がわたしのボークを熱烈歓迎してしまうではないか。素晴らしい。

それならシーズン中、わたしが一度もボークをしなかったらスギモトさんがロレックスを買ってくれるという取引で手を打ちましょうと申し出てみた。
しかしかれから、そんな癒着の前例はないと言われてしまった。

ま、こちらも言うだけならタダだったし。

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2月23日

そういうわけでわたしは、セットポジションのときは妻の名前を唱えてから投げろという投手コーチの有難いアドバイスを頂戴したのである。
無論この件はメディアに一切しゃべっていなかった。しかしコーチのほうからリークがあったらしい。
今朝新聞をひらくと自分の写真があり、その横に紙面の4分の1いや半分近くの巨大なハートマークが踊っている。
読者諸兄にはわたしの驚愕が如何ばかりのものであったか想像がつくであろう。

図版には妻の名前ミーガンとわたしの名前ニコースキーが巨大な日本文字で記してある。
ハートのなかにある記事では、わたしが投球のたびに妻の名前を口にして大いなる愛情を表明していると解説していた。

わたしががっくりきたのにはいくつか理由がある。まずアメリカでこれをやられたら、赤っ恥もいいところだった。
クラブハウスで笑いものになり、逃げ出すしかなかっただろう。
ホークスの新たなチームメイトたちがわたしの背後で笑っていないか心配である。
この春、新聞写真で恥をかかされたのはすでに二回目だ。
最初のやつはホテルの部屋でパソコンに向かってAP用の記事を書くふりをしている写真だった。
これまでこの手の写真は何枚か撮られてきたが、大嫌いなのだ。わたしはどうにも間抜けに写ってしまう。

このニコ&ミーガン相合傘記事の困った点はもうひとつ。
こいつのおかげでわたしに電話番号を教えようと考える日本女性が二の足を踏む可能性が大きくなる。
おそらくあのかわいそうなリサがこの記事を見ればどう思うか。
「あたしの名前だったかもしれないのに」となるわけだ。
もっとも「この男、アホですか」となる率のほうが高そうだ。

最悪の部分は、福岡の新聞紙上でミーガンへの愛を宣言したところで女房相手の点数稼ぎにすらならないという点だ。
愛のゆえならず、ボークを防止するために名前を唱えていることは彼女も知っているわけで、これはどう転んでもわたしの損にしかならないのである。


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translated into Japanese by KE