日本ブログ

第3週: 2月11日 - 2月17日

記入完了: 2月 11日, 13日, 14日, 15日, 16日, 17日

2月11日

日曜のミヤザキの大群衆は信じられないほどのものだった。わたしたちの練習を見に45000人超のファンがやってきた。
土日を合わせるとほぼ90000人がやってきた計算になる。
断言してもいいが、春季練習でこれほどの人間を集めるチームはアメリカにも存在しない。
レギュラーシーズン中のわたしたちのホームであるヤフー・ドームが定員35000というのも皮肉な話である。

思い起こせば過去二年間、わたしはパイレーツやツインズといった小規模マーケットのチームで春季練習を行っていたわけで、ミヤザキでの体験は天地ほどの差があるといえよう。
メイン・スタジアムからサブ・フィールドのほうへ歩いていくとき、わたしたちは両サイドともにファンでぎっしり埋まったバリケード歩道を通過する。
人々に手を振りながらパレードしているかのような気分になる。
手を振ったり握手したりすると老若男女のファンが大喜びだ。女性や子供が興奮しているのはよくある光景だが、いい大人がいい大人に手を振るとなると、慣れるには時間がかかる。
ちょっとちがうだろうという気分になってしまうのだ。

サブフィールドでの練習は春季トレーニングの標準というべきものだった。
キャッチボール、挟殺プレイ、ノック、それにPFPである。
最後のやつはピッチャーズ・フィールディング・プラクティスの略である(2006年ワールドシリーズでのデトロイト・タイガースを考えよ。あの投手のエラーを)。
バックネットの金網越しにみんながじろじろ眺めていた。
動物園のサルになった気分だとリックが言っていた。

サブフィールドでの練習を終えたあと、2時間の休みがあった。
これほど長い休憩は珍しい。そこでわたしはこの時間を利用して花道にいるファンたちにサインすることにした。
結果としておそらく一度にこれほどの量のサインをしたことはなかっただろう。
ゼブラ油性マッキーが両端とも完全にかすれてしまったほどだ。
もはやこれ自体がトレーニングといってもかまわないだろう -- 30分間で少なくとも500ものサインをしたため、最後のほうは若干息があがっていた(少しは痩せたかな?)

残りの休憩時間をつぶすべくクラブハウスに戻ろうとして、8歳と10歳ほどの子供ふたりと出会った。
ホークスのスペシャル・ゲストらしい。もちろんかれらは英語など事実上しゃべりはしないのだが、サインをねだることはできた。ちょうどバッグのなかにバスケット・ボールが入っていたので、ふたりを例のバスケット・フープのところに連れていき、45分ほどシュートして遊んだ。
おかげで自分の子供たちに会いたくてたまらなくなった。
もちろん妻にも会いたいのだが、離れて暮らしている間にその要求を他者で代用することは許してもらえない。
だめかなあと、愛情たっぷりに妻におねだりする夫の如く頼んでみたこともあったが、妻はただ沈黙するのみである。
結婚生活も8年ともなれば、沈黙の意味はわかっている。「やりたきゃやんなさいよ、死ぬ覚悟で」。

バスケットボール・コートで気分転換したのち、フィールドに戻って日課の練習を続ける。
リックとわたしはコーチ陣のいう「特別ノック」を受けることになっていた。
ピッチャーたちが日替わりでこの特訓をやるのだが、これが冗談ごとではない。
セカンド・ベースに立ち、スギモトさんがピッチャーズ・マウンドの後ろから打つゴロをさばくのである。
これが30分続くわけで、どれほど中腰の姿勢でいなければならないか、想像がつくだろう。
明日目を覚ましたとき、さぞかし両脚がぱんぱんになっているだろう。
わたしたちがエラーをするとスギモトさんは本当に楽しそうだった。
ゴロをひとつミスすればさらに三つさばかないと次の選手に交代できないというルールを決めているからだ。
しかもわたしたちはダイヤモンドを右に左に振り回される。
おまけにこちらが一球とるかとらないうちに確実に次の球を打ってくる。
わたしたちがミスをしたり倒れこんだりすると実にほがらかに笑うのだ。
本日はスギモトさんにお楽しみいただけて光栄の極みですと申し上げておく。

今日はなかなか終わらない。午後8時からチーム・ミーティングがあり、日本プロ野球機構の薬物に関する指針を話し合うことになっている。しかしわたしは居眠り寸前であった。唯一驚かされたのは、初犯の際のペナルティーであった。
有罪と見なされたなら、選手は謝罪文を書いて提出し、処分を待たねばならない。
万が一に備えてわたしも謝罪文をしたためおくことにした。


関係者各位御中

不正手段を用いてプレイの質を向上させようとしておりましたが、現場を押さえられて実に残念です。日本プロ野球機構の薬物検査システムがかくも効率がよかったことも残念至極であります。見事なお手並み、我が身を顧みず敬服いたします。

頓首

C.J.ニコースキー 福岡ソフトバンク・ホークス背番号35

追伸 もう二度としません。



おっと、このミーティングで語られたことをもうひとつ。経口ステロイドのみがとある陽性反応テストに引っかかるとのこと。
ということは「クリア」なやつは使用できるということだ。
そういうことなら携帯からバルコ社会長ヴィクター・コンテの連絡先を消す必要などなかったのである。

ミーティング終了後、ホテルのバーで一時間ほど過ごしたが、そこはファンで満員だった。
自分はファンにかなり親切なほうだと思うが、ホテルのバーで飲んでいるときにファンに取り巻かれるというのはなんとも居心地が悪い。
このバーは煙草もOKだから、子供をふたり連れた夫婦がいたのも驚きだった。
一人はいまだ乳母車に収まっていて、一歳にもなっていないだろう。映画『メラニーは行く!』の一場面を思い出してしまった。
リース・ウィザースプーン演ずるキャラクターが長年会っていなかった友人に語りかける。「ちょっと、子供がいるわ、バーのなかに」。

バーで酒を飲んでいるところを若いファンたちに囲まれるというのはどうにもきまりが悪い。
まったくリラックスできないのだ。二階席からこちらを見下ろして手を振るファンまでいる始末だ。
こちらは酒盛り真っ最中のアメリカ人野球選手四名に過ぎないというのに。
遠い場所から手を振られると、またぞろ動物園気分になってしまう。
わたしはこれまで、ファンとの交流をファンの人生にいい影響を与える機会にしようと心がけてきた。
しかしこの晩に関していえば、どうやってそれを達成すればよいのか実に難問であったと認めざるを得ない。


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2月14日

今日は春季トレーニングに入って三回目のオフ日である。いまだ休憩に飽きるということはない。
チームメイトのひとりカズヒロ“タケ”タケオカがフェニックス・カントリー・クラブでゴルフをしようと誘ってくれた。
ブルペン・キャッチャーのモリさんと、かれらの共通の友人“ユキ”(名前しかわからない)も一緒だった。
はじめて聞いた日本語の名前を覚えるのはどうにも難しい。
ファーストネームの短縮形を教えてもらうと実にありがたいのである。

タケにゴルフに誘ってもらって嬉しかった。
これまでのところ、言葉の壁のせいで日本人選手と交遊するのが難しかったのである。
コミュニケーションに問題があっても、みんなとてもいいやつだと思っている。
人間というやつはただ観察しているだけでもずいぶん多くのことがわかるもので、うちのチームは良好な人間集団といえる。
タケのティー・ショットが強烈なので驚かされた。ものすごいドライバーである。
わたしのドライバーは調子のいいときでだいたい235から245ヤードといったところだ。
タケはそれよりさらに30から40ヤード飛ばすのである。しかしスコアはそれほど伸びず、100をちょっと欠けるていどだった。
この日のショートゲームはうまくいかなかった。かれはファイブ・パターまでやらかしてしまった。

また気になる点もあった。かれらはなにもかもパッティングするのである。
そう、なにもかも。ボールがホールから2フィート以内にあれば、普通はOKとなるだろう。
しかしかれらは芝生にマークを置き、自分のパット順を待つのである。驚くべき話だ。
わたしとて多少の金銭がからめばガチガチのルール通りにゴルフをするが、タップ・イン・パットにOKを出すのはやぶさかではないのである。

結局この日は絶好のゴルフ日和となった。
わたしのスコアはかなりずたずたなショートゲームの結果、91だった。
完璧なる一日の仕上げは、ミヤザキの場合はいつだって温泉で締めくくられるのである。
わたしは温泉からあがるたび、うちの裏庭にもこれがあればと夢想するのである。
それは不可能、あるいはバカバカしいほど金がかかるとわかってはいても、夢を見るのは楽しいのであった。


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2月15日

昨日はゴルフのあとかなり早寝しており、おかげでわが体内時計は午前5時半に鳴ってしまった。
バスの出発までまだ3時間以上ある。温泉に行こうかと思ったが歩くのも面倒だ。
そこでこの時間は電話をかけることに決めた。ミヤザキの午前6時は東海岸の午後4時だ。おしゃべりには格好の時間帯だろう。

数本電話をかけシャワーを浴びたあと、朝食をとろうと階下におりたらリー・タネルに出くわした。
リーは2002年オクラホマ・シティーのときのわたしの投手コーチであり、今はホークスの国際スカウトとして働いている。
わたしが現在このチャンスを得ているのもかれのルートによるところが大きい。リーは本当に素晴らしい人物で、わたしの友人なのだ。
わたしが出会った初めての真摯なクリスチャンの投手コーチであり、あのシーズン、わたしが野球と信仰を結びつける際に手伝ってもらった。
わたしが信者となった最初のシーズンだ。リーはホークス持ちでアメリカに帰るまでの10日間ミヤザキに滞在しているのである。

今日の練習ではバントプレイとランナーを塁上に抱えた際の守備方針を集中的にやった。
実際にアンパイヤを置いて牽制球の練習をやったときだった。わたしが一塁に牽制球を投げると一塁塁審から「ボーク!」とコールされた。
たちまち4人の人間が集まって早口でなにやらこそこそ話し合い、それからもう一度ファーストに投げてくれと言ってきた。
するとふたたび「ボーク!」という声が聞こえた。アンパイヤのやや日本語風の発音が響き渡ったのだ。前回よりも大声で。

練習終了後、わたしは通訳のひとりを連れてボークのルールに関して説明を求めた。
そしてわかったのだ −− 特別に教えてあげよう −− 日本ではルールが違う。日本のピッチャーは投球のように見える牽制球を投げることが許されない。
これは奇妙な話である。うまい牽制球とはランナーに打者投球を行うと思い込ませて投げるものだ。
すなわち基本的にアンパイヤが言っていることはうまい牽制動作を行うことはルール違反だということだ。
なんというか完璧に意味をなさない話だ。ランナーを刺す気がないのなら一塁に投げてどうするというのだろう? 
とりあえずアンパイヤに礼をいってから考える。どうやらランナーを刺す目的で一塁牽制球を投げるのはよしたほうが無難という結論に達する。
何回かは一塁に投げるだろうが、わたしは牽制が上手じゃありませんよとランナーに気づいてもらうのが狙いとなるであろう。

牽制さわぎのあと、わたしたちは投手用ランニングをしなければならず、これがこたえた。
日本のランニングはきついぞと警告を受けていたのが、これまでのところは十分ついていけていた。
ところが今日のやつでは汗だくになり、最後は歩いてしまった。
それでもアメリカン練習免除カードを使わずに最後までがんばったわたしを褒め称えよう。いちおう使用無制限のカードを貰っているのだ。

引き上げるまえに通訳のテッペイが電話を貰っていた。投手コーチのスギモトさんがブルペンでボーク関係の話をしておきたいという。
行ってみるとアンパイヤたちはすでに帰っていたが、かわりにちょっとしたものを見せてもらった。
ツヨシ・ワダがブルペン投球を行っており、わたしが到着したときの1球はキャッチャーの頭上10フィートを超えていった。
それでワダをよく観察したのだが、まるで全盛期のマイク・タイソンと試合をして最終ラウンドを迎えたヘビー級ボクサーのようだった。
ものすごい汗をかいており、すこしふらついているように見えた。

その後ワダに会ったとき、あのときのブルペンで何球投げたのか訊かずにはいられなかった。
答えは? 234球だった! 読者のみなさまが実感できるかどうかわからないが、信じてもらいたい。
このブルペンで234球というのはあきれてものが言えない数字なのだ。
アメリカの投手コーチにブルペンで200球以上投げたいと言おうものなら、笑われてしまうだろう。
アメリカの平均的先発投手が通常ブルペンで投げる球数は75から85というところだろう。234は驚異である。

その晩、初来日の外国人(わたしたち3人)は日本プロ野球選手会の説明ミーティングに出席した。
日本の選手組合はアメリカの同業者ほど力を持っていないが、よく整備されている。
実のところ外国人選手は選手会の構成員とは見なされていないのだが、グループ・ライセンス分配プログラムには参加する形となっている。
ようするにTVゲームやトレカ契約その他から発生する収益を選手全員で均等に分け合うということだ。
わたしたちは同意書にサインする必要があった。それだけである。


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2月16日

今日はとても面白い一日だったが、その件はもう少しあとで。スケジュールはまったくいつも通りだった。
ストレッチ、遠投、守備練習、それからわたしはブルペン。今日のブルペン投球はじつに良かった。二日後の紅白戦が楽しみでならない。
わたしの契約の面倒を見てくれた国際スカウトのシン・ミズモリがキャッチャーの真後ろに立ってわたしの投球を眺めていた。うれしそうだった。

では面白い部分に入ろう。
投手たちがランニングをするフィールドはメインスタジアムから数百ヤード離れていて、いつも見学客が若干いる。
主に女性ファンばかりで、主たる年齢層は15歳から25歳である。

わたしは人間ウォッチャーであるから、宮崎の大群衆が大好きだ。
練習中によそ見をする口実を与えてくれるからだ。ましてここは日本であるから、とりわけ人々とその物語に興味があるのだ。
わたしはランニングを始める直前、たまたま若い日本人女性二名と目があった。
別に他意はなかったのだが、二人は平均的日本人女性よりも背が高かったので目だっていたのだ。
一人は5フィート7インチほどで、もうひとりはさらに1インチかそこら長身だった。たいていの男性が魅力を感じる女性たちであったと言っておこう。

(単に「魅力的な」と書かず、「たいていの男性が魅力を感じる」とすることでトラブルを回避するわけである。覚えておいて損はない)

ともあれランニングを終えたあと、わたしは立ち止まってファンにサインをした。
数分後、ふと気づけば例の長身の女性二名がわたしのほうに歩いてくる。
おそらくサインが欲しいんだなと思ったが、二人はただ握手を求めただけだった。まあそれも珍しいことではない。
しかし少し変かなと思ったのは、片方の女性が抱きついてもいいかと言ってきたときだった。
断るのも失礼かなと思い、こちらもご要望にお答えした。妻よ、これも仕事のうちだ。
握手のあと、二人はくすくす笑っていたが、これもまあ普通であろう。その後もわたしはサインを続けた。

一分かそこらたったとき、二人が通訳に話しかけているのに気がついた。なにかを手渡している。
サインが終わると、通訳がメモを渡してくれた。全部漢字で書いてあって、電話番号も記してあった。

以下は通訳が訳してくれたメモの内容である。

「090-xxxx-xxxx よかったら電話ください。練習がんばってね…リサ」

ご想像の通り、わたしは数分考え込んでしまった。それからリサが気の毒になった。
彼女を非難するわけにはいかない。彼女も人間である。わたしの魅力にまいってしまったからといって責めるのは酷であろう。
それはこれまでも多数の女性が経験してきた自然な成り行きなのである。もちろん現実に立ち返ることもできる。
このホークスのユニフォームを着ていなければ、女性の電話番号など教えてもらうことなくいつも通りの一日が終わったはずである。
私服姿なら「たいていの男性が魅力を感じる」女性の電話番号など無縁のものなのだ。

ここで完全にはっきりさせておこう。わたしは才色兼備にして良妻賢母なるアスリート系妻君を得た至高至福な既婚男性である。おまけにユーモアのセンスがぴったり一緒だ。
わが妻は本来わたしにとっては高嶺の花であり、おかげでわたしは有頂天である。ゆえに家庭を危機にさらすまねなど金輪際御免こうむるのである。
わたしは妻を、妻のみを熱愛しているのであり、それは妻もよくわかっている。そういうわけでわたしはこの分野ではあまり悪ふざけはできない。
もちろん妻がこれを読む前提での偽装工作と思われるかもしれない。しかしわたしが今書いたことはすべて完璧に真実なのだ。

さてメモの件である。こういう場合、たいていの人はメモをポイと捨ててお終いにするだろう。
わたしはちがう。メモを持ちあるき、農業祭品評会で一等賞を得た豚のごとく見せびらかすのであった。
ハンサムでごめんね、チームメイトの諸君、きみたちに向けられるべき憧れのまなざしはすべて僕が独占させてもらうよ。
いまだお気づきでない方のために言うが、わたしはバカである。結婚8年になる妻に聞いてみるがよかろう。
リサのメモはわが日本の思い出の品となり、スクラップブックに収まるか、額に入れられ寝室に飾られるであろう。
もうわかったかな? 素晴らしい妻を得た場合、こういう機会はせいぜい大事にしたい。そうすることで自分が妻と同じくらいもてると勘違いできるのだ。

リサがいかなる関係を望んでいたのか知りたくてたまらない部分もある。
メモを日本語で書いたところをみると、英語はできないのだろう。われらはいかにして意思疎通をはかればよいのか? 
われらのデートには通訳一名を同伴させねばならぬのか? 
これは一春の経験のみで終わるべきものであったのか、それともミヤザキ以降のなんらかの進展を視野に入れたものであったのか? 
それがわからないのは残念である。残念とわたしは言ったのか? 残念ではないと言いたかったのだ。

たったいま、聞こえた。7000マイルを隔ててすら妻の声が聞こえた。「わかったから、もうやめなさい」


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2月17日

今日ははじめて本格的な雨が降った。しかしこの地の屋内練習場は実に素晴らしいのである。
40000平方フィートの人工芝が広がり、一角に完璧な内野がある。ネットに囲まれたバッティング・ケージが4基ある。
今日はバント守備練習を行った。
わたしはポロックそこのけのやりかたでサインをひとつぐちゃぐちゃにしてしまったが、すぐにみんなと同じ正しいページへ復帰できたのである。

この地のファンの応援にはいまだに驚かされる。
屋内練習場にはファンの座る場所も立ち見する場所もないのだが、すべての窓から誰かが覗き込んでいる。
練習を終えたあと、メイン・スタジアムに戻る際の通路の両脇には、雨傘をさしたファンが2000人はいた。
わたしはジムのエアロ。バイクを漕ぎに向かう途中だったので、ファンにサインをする時間がなかった。

しかし居並ぶファンの列の最後のほうにリサと長身の友人が立っているのがわかった。

そろそろはっきりさせておくべき頃だとわかっていた。
わたしは通訳の一人に頼んで以下の内容を日本語のメモにしてもらった。

「メモのことはありがとう。あなたは素敵な女性のようだけど、残念ながらわたしはいまだ結婚しているんだ。いや、残念ではなくて、幸運にも、だ。この本が出版されるようなことになれば結婚生活を送れなくなるかもしれない。そのときは連絡するからね」

わたしは警備員に頼んでメモを彼女に渡してもらった。そういうわけでわれわれの関係は幕となったと思っている。
楽しい24時間ではあったが、終わらせるしかないのだ。
結婚以外の男女関係などいずれは終わるしかない。
ともあれわたしは、自分がまだまだいけると知って嬉しかっただけである。


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translated into Japanese by KE