| 日本ブログ 第19、20週 : 6月3日−6月16日 |
| 6月6日 中断も終わり… 一月近く姿を消していたことをお詫びしておく。少しばかり二軍のほうにツアーに出ていたのだ。 自由時間は増えたのだが、なにか書こうというモチヴェーションがなかった。実のところ二軍落ちした週のことを一本書いていた--しかし公表しないことにした。 二軍落ちに関して少々頭にきていたが、このフォーラムで若干の鬱憤を晴らすというのはおそらく最良の選択ではないのである。 二軍経験にも結構楽しい部分があったと言っておこう。ご記憶いただいているだろうが、わたしは日本ではあらゆることを経験してみたいと書いていた。 そして二軍落ちもまた間違いなくひとつの経験であった。特に気に入ったことがふたつあった。 まずわたしはホークスを構成する他の仲間に会うことができた。 日本ではチーム登録は70名で、一軍名簿は28名、残りは二軍となる。 春季キャンプも一軍、二軍と別に行われるため、二軍に行って初めて会う顔が多かったのだ。これは日本もアメリカも同じだと思うが、一軍よりも二軍のほうがキャラが立った連中が多い。 メジャーよりもマイナーのほうがストレスが少ないため、連中もずっとリラックスしていて面白いのである。 何人かすごい男たちにも会えたし、いずれ一軍で再会することを願っている。 二軍落ちしてよかったことはもうひとつ、投げる機会が多かったっことだ。わたしの二軍滞在中に10試合が行われ、うち8試合で投げた。 だいたいのところ、わたしは投げれば投げるほどよくなるタイプなのだ。毎回ゲームで出番があるならピッチングの切れ味を保つことはたやすくなる。 わたしの場合、一軍では登板間隔が7日に及ぶことが数回あった。これはわたしにとってはちょっときつい挑戦であったのだ。 同じような状況になる可能性も十分に考えられるため、それなりの調整法を自分で見つけるしかないわけだ。 ともあれ二軍で連続して投げられたことはわたし本来のピッチングを取り戻すのに大いに役に立った。 二軍では他にもいいことがあった。なんというかスケジュールが実に家族思いなのである。 試合はすべて日中で、試合のない日は午前中に練習する。子供たちが学校にいる間にわたしは帰宅できるので、遊んでやる時間がたっぷりあったのだ。 ホームでナイターがあるときは、子供たちの顔を見る時間があまりない。朝には学校に行ってしまうし、わたしがドームから戻る頃には寝てしまっているからだ。 もうすぐ学校が休みになるので、午前中から一緒に過ごせるようになるだろう。 二軍の投手コーチと一緒にやれたのも大変よかった。フジタさんはいいコーチで、外国人投手の扱い方を心得ている。 わたしがメンタル面での調子を取り戻すにあたってフジタさんの果たした役割は大きい。 ホークス関連のニュースをひとつ。わがチームはこのたび新たな外国人投手を獲得した。ほどなく合流の予定となっている。 ジェイソン・スタンドリッジは右腕で、わたしの良き友人である。昨年の春季キャンプでは他の選手二人とともに一軒家を共同で借りていた。 かれがやってくると聞いて本当に興奮している。 無論、このニュースには暗黒面もあるのであって、これでうちの外国人選手は計5名となる。 すなわちこれからはだれか一人が必ず二軍落ちしていることになるのだ。 日本のルールでは、一軍登録される外国人選手は最大4名となっている。 わたしとしても、おそらくホ−クスはもうひとり外国人選手を増やすだろうと予想していたので、良く知っている気のいいやつが来てくれたのは嬉しいのである。 こういう状況になれば、だれが二軍落ちするのか心配するのが本能というものであろう。 しかしわたしは、なるだけ心配しないよう最善を尽くすという境地に到達している。心配したってどこに行けるわけでもないのだ。 究極のところ、野球というゲームにあっては、自分でコントロールできるものはただひとつしかないのであって、それは投球に備えて自分を整えるという一点のみである。 結果はコントロールできないし、自分の一軍残留あるいは二軍落ちもコントロールできない。 初めて二軍落ちしたときの防御率が1.46だったわけだから、もうなにがあっても不思議ではないのである。 毎日の終わりに、鏡のなかの自分に向かってやれることはすべてやったと言えるよう頑張るしかない。わたしにできるのはそれだけである。 わたしのものの考え方はすべてわたし自身の信仰と関係している。クリスチャンとして人生を神の御手に委ねる。 わたしの仕事は一生懸命練習して試合に備えることである。その後起きることは神に任せ、結果がどうであれそれを喜んで受け入れるしかない。 これからはもっと定期的にアップデートすることをお約束する。 TOP 6月7日 ここ日本ではマッサージは重要なルーチンとなっている。ホークスの場合、一軍には4人のトレーナーがいるのだ。 アメリカよりも二人多いわけで、各人が十分なマッサージ技術を習得している。どの選手も必要に応じてマッサージを施してもらえる。 わたしにとっても、マッサージ療法は投球やワークアウトと同様、重要なトレーニング・プログラムのひとつとなっている。 野球には必要な要素といってもよいくらいで、アメリカの選手たちも自分のスケジュールにマッサージを組み込むようになってきた。 上に書いたように、うちのトレーナーたちは実によい仕事をしてくれる。 しかしわたしはアメリカにいた頃、二三週に一回の割合で一時間から一時間半の全身マッサージをしてもらっていた。 これのなにが良いかというと、上手なマッサージ師にかかると、自分でも気づいていない痛みが判明するのだ。 生活をかけて野球をしているとなれば、過労で痛んだ筋肉をマッサージでほぐすのは良い処置といえる。 センダイでタイ式マッサージを受けた話は以前にしたと思う。なかなか良かったのだが、いまだ慣れたとはいいがたい。 最近わたしは健康とフィットネス関連の雑誌でおもしろい記事に出くわした。福岡のラ・ヒールという場所で“オイル”マッサージをやってくれるという。 一見すると、“オイル”マッサージという語感がちょっといかがわしい。 しかし記事に添えられた写真を見ると、そこはちゃんとした場所だと確信できた。 わたしは球団通訳のひとりタカを通じて予約を入れたのだが、当日に一軍合流を告げられたのでキャンセルするしかなかった。 幸い次のチームのオフ日に予約の空き時間があった。 目的地についてみると、わたしが受ける予定のコースの詳細に関して若干の混乱があった。 だがタカとモンナ(別の通訳)がわたしを担当するセラピストと電話で話をしてくれたので、すべて片付いた。 わたしは90分コースをやってもらい、終わった頃には390分にしとけばよかったと思ってしまった。 わたしは日本式“オイル”マッサージのとりこになったと公式に宣言しよう。 このところその話ばかりしているので、妻が少しばかりうさんくさい目でわたしを眺めている。 しかし時間と金銭が許すならば毎日でもやってもらいたいくらいだ。それほどリラックスできるのだ。 今シーズンの残り、ロードに出たときも、わたしは必ずオイル・マッサージを施してくれる場所をさがすことになるだろう。 TOP 6月11日 一軍最初のロードは楽しかった。 われわれは交流戦の真っ只中にあり、これから訪れる球場は一度しか行かない場所となる。 ヒロシマではカープ相手に2試合して2勝である。こういう展開が必要なのだ。 ヒロシマではあまり見物ができなかった。ロードでは自由時間があまりないのだ。 広島平和記念博物館は訪問しておきたかった。きっと興味深かかったにちがいない。 野球関連でヒロシマの面白い点のひとつに、スタジアムへの行き方がある。 ホテルと球場が1ブロックも離れていないため、選手がスタジアムまで歩くのである。 アメリカ人選手にとっては、ホテルの外をフル装備のユニフォーム姿で歩くというのはやや尋常ならざる事態である。 自分で用具を背負ってスタジアムまで歩き、その晩に試合をするわけで、沿道にはファンが鈴なりで、熱心に手を振ってくれる。 故郷のニューヨーク州サファーンでリトル・リーグ・パレードをやっているような気持ちになってしまう。 とはいえわたしはこの状況も大いに楽しんだのである。 わたしはここ日本の野球ファンに会うのが本当に大好きだ。 これまでも素敵な面白い人々にたくさん出会ってきた。みんな野球が大好きなのだ。 世界の向こう側までやってきてこんなファンに出会えるのはほんとうに特権といえるだろう。 わたしも野球キャリアの後半に入り、ようやく悟ったことがある。 わたしがこういった特別の機会を得ているのは、わたしのためだけではないのだ。 ゆえにわたしは近年、可能な限りファンとの交流に時間を割こうと頑張ってきた。 わたしが目立っていられる時間などほどなく終わる。 この機会を利用してできるかぎり多くの人に励みを与える存在になりたいと思うし、そうしなければ怠慢の一言であろう。 カープの球場は老朽化していて、2009年に新球場がオープンするとのこと。 しかしこの老スタジアムには独特の個性があるし、実に熱心なファンがついている。 どうやらこれが今回のロードのテーマらしい。次の目的地は甲子園での阪神戦だからだ。 タイガースファンはもっとも元気で献身的なファンとして知られている。その評判は裏切られることがなかった。 試合中、レフトスタンド外野席がタイガースファンで埋め尽くされるというのはちょっとした見ものだった。 何回も雨で中断となったにもかかわらず、ファンたちは降りしきる雨のなかを延長10回までその場にとどまり、サヨナラ弾によるタイガースの勝利を見届けたのであった 甲子園は歴史に残るスタジアムである。日本で一番有名だと聞いている。毎年、三週間にわたって高校野球トーナメントが開催される。 アメリカでいえばファイナル・フォアに相当するものだという。 日本では、試合がどんなに長引こうとも、鳴り物と声援はノンストップである。 ホームでもロードでも自軍が貰う声援を見ると驚かされる。アメリカの試合よりもずっと音量がすごいのである。 TOP 6月16日 ジェイソン・スタンドリッジが福岡に到着した。ジェイソンはホークスが契約した右投手で、リリーフあるいはおそらく先発となるだろう。 ジェイソンとは昨年会っている。かれとわたしは春季トレーニングでルームメイトだったのだ。 かれはレッズでプレイしており、わたしはパイレーツのキャンプに参加していた。 両チームとも近場でキャンプを行っていて、共通の友人の口利きもあってわたしたちは一軒家を借りることにしたのだ。 シーズン途中に来日となるとさぞかし圧倒されるに違いない。 以前わたしは、日本に行くことになるならシーズン半ばに行きたいものだと考えていた。 そうすれば春季トレーニングをスキップできるからだ。日本の春季トレーニングがどれほどきついか、あれこれ聞かされていたのも大きい。 しかしいまわたしは、春季キャンプを経験していて本当に良かったと思っている。 二ヶ月は長いが、わたしにとっては良かったのだ。 日本での物事の運びかたもおおむねわかったし、いまだあれこれ調整の余地はあるものの、フィールド内外で快適にすごすにはどうすればよいか、そのこつをそこそこつかめたのだ。 ジェイソンにはそういった贅沢は許されない。 日本でプレイするのみならず、日本で暮らすという作業にいきなり飛び込むことになるのだ。 かれの奥さんも同伴しているから、二人で学ぶことがたくさんある。その移行をなるべく楽にしてやろうと、できるかぎりの情報を与えている最中である。 しかしアメリカ人にとっては覚えるべきことが山ほどあるともいえる。 日本、とりわけ福岡はなにが素晴らしいといって、みんながわれわれ外国人に対してとても寛容かつ忍耐強いのである。 日本人はほんとうに外国人を大事に扱ってくれる。すくなくともこの地でのわたしはそう感じてきたし、おかげで生活が少し楽になった。 ジェイソンは日本に来てホークスのためにプレイできることに本当に興奮している。 わたしもかれのために興奮しているし、ジェイソン夫妻が快適な生活を過ごせるよう、手助けしたい。そうすればかれらもわたしや家族同様、日本を思いっきりエンジョイできるだろう。 二軍から復帰して以来、わたしは以前よりも出番が多くなっている。 野球というゲームはなにかを成し遂げるものである。突きつめていえば、プレイしたければ与えられた仕事を完遂する必要があるのだ。 幸いわたしは一軍復帰以来、好結果の登板が数回続いているし、できればこのままチームのチャンピオンフラッグへの疾走に貢献していきたい。 二軍降格をくらったときは逆上してしまったが、いまとなっては、あのときの二軍行きこそまさにわたしにとって必要なことだったのだと断言できる。 二軍にいたときに行えたメンタル面での再調整の恩恵をいままさに目撃しているといっていい。 交流戦後半のスケジュールは実にもって尋常とは言いがたい。交流戦の残り8試合を16日間で行うわけだ。 リーグ事務局のほうでは各交流戦の間にオフ日を一日設けており、さらに雨で流れた試合に備えて交流戦最終日から4日間のオフ日を置いている。 われわれには雨で流れる日はないだろうから、翌週の通常リーグ戦の開始まで4日のオフがあることになる。 おそらくそのうち3日を練習にあて、1日をオフにするものと思われる。少なくとも1日はオフにしてくれと願うばかりである。 アメリカ人選手にとっては、シーズン中にオフ日が連続して二日以上あるというのはなんとも奇妙な気分になる。 ゆえに来週日曜から4日間、そしておそらく横浜での連戦後の2日間がオフになれば、きっとわたしは少しばかり調子が狂った気分になるだろう。 TOP |
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