日本でのシーズンは家族にとって貴重な体験に

CJ ニコースキー
For The Associated Press

7歳の息子と5歳の娘にとって、今が楽しむことと貴重な人生経験を得ることを両立するのには絶好のタイミングであろうということは解っていた。シーズンの3分の2が終わろうとしている今、それはわたし達家族にとって、わたしが想像していた以上であった。

野球選手というのは多くのことを家族に強いる。わたしは過去14年間で妻のミーガンを20もの都市に連れまわした。その中にはチャタヌーガ、デトロイト、ニューヨーク、ニューオーリンズが含まれ、そして今は福岡である。

子供を持ってから、新しい場所への移動は、わたし達にとってよりハードルの高いものとなった。我が家の子供達は、他の多くの子供がそうである様に環境適応性があるし、新しい環境において常に自分の居心地の良い場所を見つけ出す。それでも、彼らを外国へ連れて行くとなれば、それはわたしと妻にとって当然それなりの心配の種となる。

子供達にとって良い経験になるだろうと思い、3ヶ月強、インターナショナルスクールへ通わせた。20カ国以上の別々の国から来た子供たちと親密に過ごすことにより、子供たちは恐らく他では経験出来ないであろう異文化に触れ合うことが出来た。驚いたことに、子供達は全く物怖じしなかったのである。

わたし達が最初に学校を訪れた時に校長先生に言われたが、教室では英語だが、校庭に出れば子供達は夫々の母国語を話すそうだ。最初はアメリカ人の子供は休み時間に孤立して、遊び相手がいないのではないかと心配した。

しかし全くそんなことはなかったのである。

イギリス人、韓国人、日本人といった、この国際的な子供達には本当に驚かされる。彼らは何とかして遊ぶ方法を見つけ出し、楽しむのである。そこには何の障害も無いのである。子供達の能力には、こういった時、本当に驚かされるものだ。

球場では、子供達はうまくフィットしていたといえる。実際のところ、ちょっとした有名人になった気分を味わい始めていたのである。

家族が試合に来たときは、必ず車で一緒に帰った。クラブハウスから選手用駐車場へ行くには、サインを求めるファンを止めているセクションを通り過ぎて行く必要がある。その数は一晩に50から200ぐらいになり、わたしはその時によって立ち止まることもあれば、単に早く帰ることもあった。

ある夜、一人のファンが、わたしの息子にサインを求めたのだ。息子は直ぐに自分がここらで一番イケてる子供であると考えたようだ。怒ることは出来ないが、息子にサインを求めたその若いファンの行動は、わたしからすれば、ちょっとやり過ぎである。それに小学1年生が自分のファーストネームをブロック体で書く様なものを、本当にサインと呼べるのであろうか?

一度そんなことがあって以来、子供達はそれが毎晩起こることを期待する様になってしまった。

極めつけは、6月のある夜、子供達に今日はサイン無しで直ぐに車に乗るよと告げたときだった。娘はがっかりしていた。

彼女は、彼女が「自分の」ファンであると思っている人々の前を通り過ぎると、ハリウッドスターの卵よろしく、手を振りながら、こう言ったのだ。「ごめんなさいね、今日はサイン出来ないの。」妻とわたしは顔を見合わせて、どうしたものかと考え込んでしまった。

わたし達が最初に思っていた本当の心配は食事だった。子供達は好き嫌いがありがちだし、自分もまた同じであった。

最初は、他の多くの外国人がそうする様に多くの食料を持ち込んだ。その殆どはインスタント・パンケーキや、シリアル・バーだった。日本にはマクドナルドは十分にあるし、ウェンディーズもドミノピザもある。福岡には更にコストコもあり、これらのアメリカのチェーン店には本当に救われた。しかし、わたし達はいつかもっと冒険をしなければならない時が来ることを知っていた。

最も驚かされたのは、息子のマシューである。彼は殆どベジタリアンで、炭水化物で生きている。放っておけば、パンケーキとディナー・ロールとパスタしか食べないだろう。

だから、韓国式バーベキュー(焼肉)に連れて行ったときにはあまり彼は楽しめないかもしれないと思っていた。しかし驚いたことに、彼は牛の舌などの焼肉を平らげてみせた上に、それが彼の最もお気に入りの日本食であるとまで言ったのである(実際には日本食では無いが)。

わたしは息子にこれは「男の食べ物」であると言って言い聞かせた。これが筋肉を作るのだと。彼はそれを信じた。彼はまた、この夏でイチローの大ファンになった。そして彼は、イチローは日本人だからきっと彼も牛の舌を食べるに違いない、と考えたようだ。彼が違うものを食べてくれるのに役に立つのであれば、何でも歓迎だ。

驚いたことに、娘のブルックは、完全に肉食動物であるにも拘らず、全くそれを受け付けようとはしなかった。「結構です」(ノーサンキュー)が、牛の舌を勧められたときの彼女の反応だった。恐らくかつて可愛い牛の口の中にあったものを食べようとしているということを克服することが出来なかったのであろう。

一方、球場の食事メニューはと言うと、妻と子供達が挑戦してみようと思うものでは無かった。

一般的に日本のメニューは胃が弱い人には不向きなメニューである。特に妻は妊娠の最初の3ヶ月が日本滞在とほぼ重なっていましたので、余計に積極的にはなりにくかった。焼き鳥とうなぎ弁当はどこにでもあり、日本のファンはこれらを球場の定番として愛している。

二コースキーファミリーにとっては、ウェンディーズとハーゲンダッツがヤフードームでの定番であった。それがあれば、もう家にいる様な感覚である。子供の頭はスポンジの様なものである。子供達が日本語を覚えていく様子には驚かされた。息子が妻の日本語の発音を直すのを聴くのは、最高だった。「違うよ、ママ、「アリガトー」じゃなくて、「ありがとう」だよ。」

子供達は必要なフレーズを良く覚えて、頻繁に使った。あまりに頻繁に使い、時にはそれを悪用した。わたしに対して日本語で答えてくるのである。特に娘は、本当に嫌なことを拒否するときには「ノー」と言わずに日本語で「いいえ」と言ってくるのである。

娘の日本語は誇りに思うものの、だからと言って父母に対して口答えする権利を彼女に与えるものでは無い。

子供達が最初に覚えたのは、所謂日本人の言う「じゃんけん」である。アメリカでは「石、紙、はさみ」として知られているものである。「じゃんけん」は日本では子供に限らずありとあらゆる潜在的問題の解決に使われている。それは単なる「1, 2, 3」ではない。うちの子供達はそのスタートのフレーズから引き分けの場合のフレーズまで完璧に覚えてしまった。わたしもやってみるものの、未だによく解らない。自分なりの解釈で呟いている。

学校とテレビのお陰で、子供達は両親よりも遥かに正しい発音を身に付けることが出来た。子供達が日本のアニメを観る姿には本当に驚かされた。英語じゃない?ノープロブレム。

子供達にとって、アニメのキャラクター達が言っていることは、そのキャラクターの見た目や出す音、そしてバックに流れる音楽ほど面白いものでは無いようだということを知った。子供達はテレビの前に30分間張り付いて、そしてそこで繰り広げられたこと全てを理解している様子なのである。

球場での家族の体験もユニークだ。

我がチームは外国人選手の世話をよく見てくれる。外国人選手の家族は王監督の横のとても素晴らしい席に座らせてもらう。ソフトバンクホークスの監督である王さんは、現在、世界でバリーボンズより多くのホームランを打った唯一の人である。

アメリカと同じように、選手の近親者は一般の観客からは離れた場所でそのチケットをピックアップする。わたしの家族が最初にヤフードームに来た時には、チーム側は通訳を用意してくれて、席まで案内し、家族が落ち着くまで世話をしてくれた。

外国人は日本ではどうしても目立ってしまう。わたしの妻と子供達は試合では直ぐにわたしの親類であると解ってしまう。或いは別のアメリカ人選手かもしれないが。わたしの妻はあまり目立ちたくないタイプなので、これに慣れるには少々時間を要した。

シーズンの初め、彼女は奇妙な体験をした。彼女が子供達を売店に連れて行ったところ、ちょうどわたしがリリーフ登板するというアナウンスが入った。

幸運なことに、彼女はわたしのシーズン最初の勇姿を、モニターで見ることになった。すると小さな集団が彼女の周りに出来て、彼女がわたしの妻であることを推測し始めたのである。

彼女によれば、それは15人程度の熱烈なファンのグループで、皆とてもフレンドリーであったということだが、それでも彼女はあまり居心地の良い思いはしなかった。

その日にわたしが対戦した唯一のバッターは一塁手の頭上をバウンドして越えていくヒットを打ったのだが、そのボールを右翼手が捕った時には、その人たちは既にどこかへ行ってしまい、妻はまた一人でそこに立っていたそうである。

シーズンが終わりに近づく今、この日本での経験は家族にとって想像以上のものであったと言うことができる。子供達がホームシックになったり惨めな思いをしたりしないかと心配したが、日本に来て3ヶ月ほど経った頃の娘のこんな言葉に全て杞憂であったことを確認できた。「パパ、わたし達、永遠に日本に住める?」

わたしも日本が好きだが、そこまでではない。

 

AP NEWS

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