驚異の1球

2007年9月12日 立川、 ジャパン

このところピッチングを通じてホークスの役に立っていないと心配しきりだったわけだが、突如として風向きは良い方向に変わってきた。登板機会がぐっと増えてきたし、結果も良好なのだ。ホームでの6ゲーム中、4回の登板があった。このくらいの間隔が大好きだし、最良の結果が出やすいと思っている。わたしは登板機会が多いほうが好みなのだ。

対オリックス・バッファローズ戦の1ゲームでわたしは日本初勝利を手にすることができた。3−0でリードされ、塁上にランナーがいるという状況で投入され、対する打者はタフィー・ローズである。かれは初球を二塁ゴロとし、ダブル・プレーをやらかしてくれた。その回の裏、ホークスは7点をあげ、そのまま試合に勝ったのである。わたしには一勝が与えられた。

たった1球で勝利をあげたため、わたくし、チームメイトたちにいじめられました、と申し上げておこう。その後、通訳から教えてもらったのだが、日本野球史上、わたしは1球1勝をなしとげた4人目の投手だとのこと。もちろん外国人ではわたしが最初らしい(9/14/07訂正:NPB史上25人目、外国人としては二人目。通訳がアホでした)。皮肉といおうか、実は2004年、アトランタ・ブレーブスにいたときもわたしは1球勝利をやっていた。それはコロラドの試合で、ブレーブスは数点差で負けていた。わたしはジェレミー・バーニッツに1球を投じた。かれはライトフライでアウトになった。その次の回、わたしたちは逆転してそのまま逃げ切ったのだ。

わたしの野球キャリアは妙な代物で、球史を塗り替えるようなめぼしい業績はなかったのだが、孫たちを退屈させる話のネタには不自由しないといえる。イライアス・スポーツ・ビューロー等の信頼すべき野球スタッツ企業を通じて確認を取ったわけではないが、まずもってわたしはMLBとNPBの両者で1球勝利を成し遂げた野球史上唯一の投手である。サイ・ヤング賞クラスの栄光ではないだろうが、なかなか興味深い。少なくともわたしには興味深いのである。