恐れていた

2007年8月2日- 福岡

今週は大変な週だった。わたしたち家族は日本について大変難しい決断をしたのだ。子供たちの学校に間に合うように、家族は8月にアメリカに帰国することにしたのだ。つまり、わたしはこの後2ヶ月+を日本で一人で過ごさなければならないということになる。それは簡単ではない決断だったが、結局子供たちにとってはこれが一番いいという結論だった。

日本の球団と契約してから、わたしは意図的に家族が帰ることについて考えないようにしていた。あまりにもつらいことだから。でも最近はそれを考えない訳にはいかなくなった。だって帰っちゃったのだから。一人残されてまだ1時間半だが、既に家族がいないことと格闘している。

ジョークで、わたしはこれで晴れて自由の身だなんて言う人もいるが、とてもそんな風には考えられない。日本人の男性にとっては家族は最優先事項ではないような印象を受けているが、わたしはこれ以上ないくらい正反対だ。わたしにとっては家族はこの地球上で最も大切なものであり、素晴らしい妻と2人のとてつもなくかわいい子供、そして2月に生まれてくるもう1人を授かり、自分は本当にラッキーだと思う。

家族がアメリカに帰るということは、わたしの悪い週の背景になっている。この2試合あまり出来がよくなく、それは問題にもなっている。日本では、いつも最も直近の登板の出来栄えで判断されているように思え、それが折りにふれストレスの原因にもなっている。6月1日に2軍から上がってきてから、自分の投球には満足しているのだが、1つの出来の悪い試合が自分の見られ方を変えてしまい兼ねず、2つ悪いともうこの世の終わりなのではないかと考えさせられてしまうのだ。

ここでの評価プロセスにはまだ慣れておらず、まだ理解をしようとしているところだ。シーズン当初、主たる問題は四球だった。1軍に戻ってからは四球には本当に気をつけたし、左打者との対戦に関しても改善してきた。結果にはとても満足してきた。四球は6月は0、7月が1つ、そして昨晩に1つだ(8月1日)。死球を与えた2人を除いては、全ての対戦した左打者を退けてきた。シーズンを通して対左打者の打率は1割5分3厘、2塁打1本、3塁打0本、本塁打0本の成績だ。自分としてはかなり満足な成績といえる。

仕事の中身から言えば、リリーフ陣の中での自分の立場を固めるに十分なものだと思ったのだが、実際には違ったようだ。8−0の一方的な試合における一回の出来の悪い登板が、こっぴどく批判され、突然登板機会が減ってしまったのだ。それはリリーフピッチャーにとっては最悪のことだ。それと家族が帰ってしまうこととが合わさって、精神的にとてもしんどい状態に追い込まれてしまった。ずっと怒りとフラストレーションを感じていて、精神的に参ってしまった。一時は、今やっていることが本当に価値のあることなのかについても考えてしまい、帰国することすら頭を過ったほどだ。

でもそれから頭を切り替えた。自分にとても大事ないくつかのことを常に自分に思い出させている。第一に、わたしはわたしを創造した主のために野球をやっている。彼により、彼のために(By Him, For Him)という故事があるが、それは、わたしは神により、神のために、神の栄光のために創造されたのであるということであり、自分のためではない。第二に、わたしは野球をプレーすることが好きで、競争することが好きで、マウンドに登る機会が好きで、敵と対決するのが好きなのである。日本でプレーしてきてずっと楽しかった。若干のフラストレーションはずっとあったのは事実だが、それでも概ねわたしはここが好きだし、今シーズン以降もここでプレーしたいと思っている。

日本での残りのシーズンはタフなものになるだろう。わたしは一人ぼっちで家族に会えないことをつらく思うだろう。でもわたしは自信を持ってこう言える。わたしはそれを乗り越えて、そしてホークスの優勝に貢献するのだと。