福岡を去るにあたって
2008年9月26日 – 太平洋上のどこかにて
この文章を書いている今、実際のシーズンはまだ終わっていない。しかし私に関しては終わってしまった。前のエントリに 書いたとおり、ホークスのプレーオフ出場の可能性がなくなったため、外国人選手は帰国が許されたのだ。王監督は残り8試合で若い選手に一軍でプレイするチャンスを与えるお考えなのである。
シーズンの終わりというものは常に難しいものだが、今年も例外ではなかった。過ぎた一年を振り返り、みんなに「さようなら」を言い、そして来シーズンのことを思い惑うといった様々な感情が頭の中をよぎる。私にとって、「さようなら」を言うことは難しかった。私にとって来シーズンは不確実な状況である(2週間以内にはご報告できると思う)。そう思うと、チームメイトやスタッフの人たちと会えるものこれがおそらく最後となるであろうし、日本にいられるのもこれが最後かと思うと、とても辛かった。
私はこのチームに2年間いたことになる。米国では2000-2001年以降は同じチームに続けて2年いたことはなかった。私は社交的な人間なので、チームメイトのことを知り、彼らと親しい関係を築きたいと考えていた。言語のカベにより難しいところはあったが、私としては多くの選手やスタッフとかなりよく知り合えたと思っている。少なくとも私はその努力をした。ほとんどの人が私は来シーズンホークスにはいないだろうと思っていると思う。そのことは、私たちが「さようなら」を言っているときに感じた。それは辛いことだった。私はチームメイトやスタッフがとても好きだし、彼らと別れることについて心の準備ができていない。I
こういう場合は信仰の出番である。神は私たち一人ひとりについてプランをお持ちであると私は心から信じている。もしそのプランが、来シーズン私がホークスのユニフォームを着れないというものであったとしても、私は喜んでそれを受け入れるだろう。しかしながらそれは私がそのことを嬉しく思わなくてはならないということを意味しない。もし私がこのチームのために二度と投げることができないとしたら、私はとても残念に思うことだろう。
今年は8ヶ月、昨年は8ヶ月半、私は日本にいた。ということは、過去20ヶ月間のうち16ヶ月半というもの私は日本に住んでいたことになる。ある時点から、私は福岡をアメリカよりも故郷のように感じている。そしてそのことをまったく問題だとは思っていない。私の家族も私も福岡が大好きで、どこかよそでプレイすることが想像できないほどだ。福岡の人たちはみんな私たちにとても良くしてくれたし、そして2年間に私たちと縁があった福岡の人たちとファンの一人ひとりへ、私たち全員からの「ありがとう」を申し上げたい。
アパートを出るときこれが最後かと思うと悲しかった。空港へドライブし、外国人のチームメイトと通訳に「さようなら」を言うことも、容易なことではなかった。確かに、今日このあと家族と会えることは、とても嬉しい。それは本当に嬉しいのだが、私は福岡にとても長くいたので、まるで第二の家族にお別れを言っているように感じてしまった。もう二度とこの人たちに会えないかもしれないと思いながら。