エキサイティングだった!!

 

2008年6月21日- 東京

何と素晴らしい2008年交流戦の幕切れだろう。交流戦最終日の時点で、ホークス、ジャイアンツ、ファイターズ、タイガースの4チームが同率首位であった。その4チームが日曜の夜に互いに戦うことになっているのだから、これ以上のシナリオは無い。われわれは東京でジャイアンツと戦い、ファイターズは甲子園でタイガースと戦っていた。

同率になった場合の優勝の決め方は、わたしにはやや可笑しなルールに思えたが、結果的にはそれがわれわれにとって良い方向に働いた。そのルールによれば、最終戦の後で同率の場合は、去年の交流戦の成績によって優勝が決められるというのだ。ファイターズは去年の交流戦で優勝しているので、もし今日ファイターズが勝っていたら、彼らが優勝していたのだ。われわれは2007年のタイガースより成績が上であったので、われわれがタイトルを取るためにはタイガースが勝って、且つわれわれがジャイアンツを負かす必要があった。タイガースは今年の交流戦で対ホークス3勝1敗だったのだから、この優勝の決め方はわれわれにとってはラッキーだったと言える。

タイガースがファイターズに勝ったというニュースが入ってきた。こうなれば、われわれは自分達の運命を自分達でコントロールできる。そのとき試合は8回で、われわれはジャイアンツと2対2で同点だった。9回の表、われわれは信じられない程の素晴らしいスモール・ベースボールを演じて見せた。ジャイアンツのマウンドには日本一の剛速球投手でクローザーのマーク・クルーンが登っていた。前回ヤフー!ドームで対戦したときには彼は時速162キロ(101マイル)の日本記録をたたき出している。

われわれは1本の内野安打を手がかりに2本の犠牲バントで続いた。これはわれわれにとって途轍もない功績だった。クルーンは日本プロ野球の中で、最もバントするのが難しい投手に違いない。ランナー2、3塁、内野が前進守備を敷く中、われわれはセカンド・ゴロを打った。ジャイアンツの2塁手は好守で本塁に送球したが、辻武史の素晴らしいスライディングで、ほんの僅かの差でセーフとなった。

わたしの日本人の友達、柳瀬明宏が、9回の裏、最初の2つのアウトを取った。驚いたことに、われわれはジャイアンツで盗塁に関して最も信頼されている走者を2塁で刺したのだ。そこでわたしが、左バッターに対して、そしてこの試合を終らせるべく、投入された。

マウンドに登る時に感じたアドレナリンは最高だった。東京ドームで交流戦のタイトルを勝ち取るチャンスは、相当に素晴らしいものだった。わたしはその回が再開されるのが待ち切れなかった。わたしは前の投手からカウント0ストライク1ボールを引き継いだ。あまりにも興奮していたので、自分に落ち着くことと、自分の能力を超えることをしようとしない様に言い聞かせなければならなかった。それと、この交流戦のタイトルを非常に欲しがっているチームのスタッフと選手たちのことも考えていた。

アメリカの野球ファンがこれを読んでいたら、恐らく何をそんなに大げさに、交流戦の順位が1位か2位かなんて、誰も気にしないだろうにとお考えかもしれない。ところが、日本では全く違うのだ。日本プロ野球は交流戦の優勝に5千万円(約US$50万)の賞金を出しているのだ。わたしは1つのアウトに50万ドルが懸かった場面になんて、今日まで遭遇したことは無かった。

2つのストライクの後、その左のピンチヒッターをカットボールで引っ掛けさせて、セカンド・ゴロに撃ち取った。われわれはチャンピオンになり、それは素晴らしいフィーリングだった。まだシーズンは中盤だが、ここまで苦戦してきたわれわれチームにとっては重要だ。何か重要なことを成し遂げるチャンスに遭遇し、それを成し遂げたのだ。この勢いを交流戦後の通常の試合に引き継ぎ、最も重要なパ・リーグのタイトル獲得に向けて突撃をかける必要がある。

これから4日間のオフだ。わたしはその内の1日を家族と東京で過ごすことにしている。わたし達は福岡に戻る前に、浅草、皇居、そして東京タワーを見て回る積りだ。東京のホークスファンの皆さんには、今夜を特別な夜にしてくれたことに対してお礼を言いたい。また、福岡で、或いは日本中でホークスを応援してくれた皆さんにもお礼を言いたい。やったぜ!!

 

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