ついに行った、ブルペン仲間と飲み会

2008年8月22日 仙台

 

2年間「制作中」だったのが、やっと実現した。私を飲みに連れて行ってくれないと、チームの選手たちに対してしばしば苦情を申し上げていたのである。冗談でだが、君たちは外人が嫌いなのか、それとも本物のケチかどっちかだと。2日前、待ちに待ったご招待がついにやって来た。ブルペンの投手陣が仙台で食事に出かけることになり、私も呼ばれたのである。

 

私が何を食べに行くのか尋ねると、「舌だよ」と言われた。日本で2年近く過ごした後でなかったら違った反応をしていたかもしれないが、一緒に食事に行くのにこんなにも長く待ったことを考えると、我々が何を食べようとしているのかについては何とも思わなかった。

 

牛の舌(牛タン)は、こちらでの美味である。実際、それまで全くタンパク質を受け付けなかった私の息子が日本では牛タンを好むようになった。私たちはヤキニク(韓国式バーベキュー)に何回か行ったのだが、息子は本当に牛タンの味が好きなのだ。私としては息子が牛タンを好きなことにも驚いているが、息子が敢えてそれを食べてみたことも驚きであり、どっちによけい驚いているのか分からないくらいだ。

 

明らかに仙台は牛タンで有名である。日本について私が学んだことの一つは、ほとんどあらゆる都市や地方が何らかのもので有名だということだ。各都市が主張している名声は、よく我々外国人の冗談のタネになる。あるところは素晴らしい牛で有名で、また別のところは素晴らしいラーメンで有名で、とリストは延々と続き、ときどき通訳たちがでっち上げているじゃないかと思うくらいである。

 

その夜の飲み会はとても楽しかった。みなが言っていることが全部わかったわけではないにもかかわらず、私も大いに笑った。焼いたり、生のままだったり、ゆでたりした、およそ考えられるあらゆる種類の舌を食べた。ゆでたものが私の好みだ。通訳のモンナも飲み会メンバー10人の1人だったが、2杯ほど飲んだあとはまったく使いものにならなくなった。

 

終わり近くに誰が支払いをするかという議論が始まった。我らがリリーフエースが給料が一番高いとはいえ、彼は一番若い部類だ。日本ではこういう問題については、いくら稼いでいるかということは問題とならず、年齢の方がもっと重要なのである。ものごとの進め方についてアメリカとくっきりした対照をなすところである。

 

私はチームメイトにアメリカの野球文化を知ってもらうことを好む。そこで誰が払うかという議論のときに「クレジットカード・イン・ア・ハット」というアメリカ野球の伝統を披露した。外に食事に行ったとき、支払いをする資力のある人間が何人もいるときは、アメリカの野球選手は時に各人のクレジットカードを帽子の中に入れて、ウエイトレスに一つだけ取り出させるということをする。どのカードをウエイトレスが取り出そうが、そのカードの持ち主が支払うのである。

 

そんなことを聞いたのは初めてだったので、みんなはそのアイデアに大いに盛り上がり、ゲームが始まった。一番給料の安い2人と通訳のモンマは入れないということで合意がされた。掛け率は間違いなく私に有利だったので、支払いをしないですむことについては自信があった。

 

ウエイトレスが無理強いされて、クレジットカード置いてナプキンで覆った皿の上におどおどと手を走らせた。彼女が一枚引き出した。金色のやつで私のものと似ていたが、皿にカードを置くときにもう1人の選手がほとんど同じものを持っているのを確認していたのだ。彼女はカードを我らピッチャーの1人、シノハラに見せた。シノハラはそれを見てちょっと戸惑ったような顔をして、英語で名前が書いてあるんだけど、と言った。私が唱えていた「ニホンジンダケ、ニホンジンダケ」という呪文は効かなかった。間違いなくウエイトレスは私のカードを引いたのだ。

 

彼女がたちまち罪悪感に打たれたという感じになったので、私もそれに合わせて、もうこの店では二度と食事をせんぞ、と言った。ご想像のとおり、我がブルペン仲間はみんな大笑いし、私も大笑いした。600ドル強(66,700円)の出費は痛かったけれど。

 

我がチームメイトからの初めての食事への招待は、請求書につきまとわれるという、何ともいえない終わり方であった。結局のところ、このことは日本で仕事した中で私にとって忘れられない一コマになった。我がブルペン仲間たちも、アメリカのゲームを教えてくれたガイジンが請求書につきまとわれた一夜のことは永く記憶してくれるものと思う。