試練に直面する
わたしの兄弟たち、いろいろな試練に出会うときは、この上ない喜びと思いなさい。信仰が試されることで忍耐が生じると、あなたがたは知っています。あくまでも忍耐しなさい。そうすれば、完全で申し分なく、何一つ欠けたところのない人になります。(新約聖書「ヤコブの手紙」1:2〜4)
2008年8月17日 福岡、日本
ここ数週間は私にとって辛いものだった。ブルペンにおけるナンバーワン左腕としての仕事を失い、最後の4試合で私の防御率は2.50から4.50になってしまった。私は試合でほとんど投げることができず、そして家族はアメリカに帰ってしまった。まるで何ヶ月も会っていないような気がする。ニコちゃんにとって、まったく楽しくない時期。
私をもっとも悩ましているのは、私自身がこの状況に対処しているやり方である。肉体的には元気なのだが、精神的には毎日をなんとか過ごしていくのに歯を食いしばっている状態で、態度としてもいつも立派なものではなかった。もうここにはいたくないと思う日々が続いた。こういうのは私らしくない。私は通常の場合逆境に上手に対処してきた。今回というものは、私は抑鬱と憤怒と被害妄想という感情のジェットコースターの上で翻弄されている。自分自身と架空の会話を始める始末で、いよいよ不条理に近い。
ブルペンでの地位を失うことは、私にとって簡単に受け入れられることではなかった。ことに、私自身に理由があると思っていない場合は。私は自分のイライラのもとがどこにあるのか見つけようと考え抜いた。わかったと思う。
ホークスの選手として私に決して起こらないであろうこと、それは私が何かをなすことで、首脳陣の完全な信頼を得るこことだ。そういうことは決して起こらないだろう。これは私にとって、受け入れがたいことである。選手はみな、自分を信頼し支えてほしいと思う。調子が悪いときでも自分を当てにしてくれ、調子が戻るように応援してくれることを期待するのだ。それに近いことを何も感じないのが、私にはとても辛い。
今シーズン、私はチームが私に期待していた進歩を果たしたと感じていた。一生懸命練習して、チームが頼りにできるピッチャーになろうと努力したし、じっさいにシーズンのほとんどの間、私は頼りになるピッチャーだった。しかし私が外人選手として学んだことは、成功したことはほとんど認めてもらえず、失敗ばかりが記憶されるということだ。これがおそらく外人選手を悩ます最大の問題なのだ。
今シーズンに向けて私がしてきた努力は、あっという間にどこかに行ってしまった。二軍で10日間過ごして戻ってきたら、私のブルペンでの地位は一番下になっていた。大差のついた試合で週に一度程度の登板−これこそが私が今我慢していることの多くである。上がったり下がったり、役割の変化、これらすべてが私を消耗させ始めている。私はただ、いつも投げていたいだけなのだ。
ものごとをさらに悪くしているのが、私のいつものサポートチームがアメリカに帰ってしまっていることだ。今シーズン、家族と離ればなれになっているときが多い。春期キャンプのために次男のバースデイをすっぽかし、痛切に後悔した。そして8月の娘のバースデイもまた祝ってあげることができない…。家族と離れていることで申し訳なくてたまらない。家族は文句を言わないけれど。
私はこの困難を乗り切れるし、シーズン最終週にはチーム最大の貢献者となるだろう。でもこの数週間は、本当に辛かった。